第13話 殺し屋も真っ青だ
「あ、おはよう健吾くん。ふふっ、今日も早いのね」
完璧だ。アカデミー賞にノミネートしたかった。
きっと、『おはよう、優紀さん』なんて、あたしには使わない丁寧な言葉が返ってくるのだ。
どうしてか、健吾はお姉ちゃんの前だとやけに素直でイイ子ぶったしゃべり方をする。
ひょっとしてお姉ちゃんのこと好きなんじゃないかと思ってミサちゃんと一緒に問いただしたこともあったけど、結局それはうやむやになっていた。
そうだ、いい機会だから、この姿でそのあたりのところを詳しく探ってやろうか、と思った。
……なんてね。そんなことやったら完全に犯罪だから我慢する。おもしろそうだけど。
「……なにやってんだ? 美紀」
「いっ?」
不意をつかれて、変な声を出してしまった。
あたしは、表情を崩さないように注意して健吾を見る。
ちょ、ちょ、ちょっと待て。
コレはやっぱりバレているのだろうか?
怪しんでカマをかけているだけにしては迷いがなさすぎる。
でも、まだ完全に敗北を認めたわけではない。
断じて認めるわけにはいかない。だから、あたしは、
「えっ、美紀ちゃん? 美紀ちゃんなら、もっと早くに出かけたと思うけど……」
「????」
健吾は、意味が分からないと言う風に首をかしげ、腕をくんで考え込みながら、じろじろとあたしを眺め回めまわす。
がしっ。
急に腕を掴まれた。思わず反応して投げ飛ばしそうになったけど、なんとか堪えて、あたしは、女の子らしい悲鳴を上げる。
「きゃっ。どうしたの、健吾くん……」
「いや、やっぱり、お前……」
健吾は、訝しげな顔をしてあたしをじっと見つめ、確かめるみたいに指先で、
つんつん。
ぷにぷに。
!!!!!!!!
胸に、おぞましい感触を感じて、あたしは思いっきり右手を振るった。
「何すんのよ!! このスケベ!!」
もうホントに信じられない。
昨日といい今日といい、セクハラもいいところだ。
と思ってると、左頬を痛そうにさすりながらセクハラ親父が口をきいた。
「やっぱ美紀じゃねえか」
しまった。
つい手が出てしまった。
多分、お姉ちゃんだったら、恥ずかしそうにうつむいて両手で肩を抱いて胸を隠して、何も言わないで『困った子ね……』って健吾を見るはずだったのに。
そんな風にされたら健吾だって罪悪感でいたたまれなくなって、
しどろもどろになって弁解をし始めて、そんな健吾をお姉ちゃん……もとい、あたしは『ダメよ、健吾くん』なんて優しく諭すように叱るのだ。
なのに……。
「う~ぅ。なんでバレちゃったの~?」
それは、お姉ちゃんだったらとても出さないような情けない声だった。
「ばっかだなぁ。お前が優紀さんのマネしたってすぐにボロがでるに決まってんだろ」
「うそっ。ボロが出るような時間なんてなかったじゃない」
最初に振り返ってあいさつをした時にはもう、健吾はあたしがニセモノだって見抜いていた。
だから、それ以前にあたしだって確証の持てる何かがあったはずだ。
最初の挨拶か、笑顔が歪んでたとか?
それとも完璧な演技に酔ってほくそ笑んだのがバレたのか。
「歩き方だよ」
「歩き方? えっ、だって、あたし、ちゃんとおしとやかに歩いてたのに」
何よりも完璧だと思ってた歩き方のどこに不備があったというのか。
健吾は、面白そうに鼻で笑ってから、続けた。
「完璧すぎたんだよ。いくら優紀さんが美人でおしとやかで大和撫子だっていっても、あんな風には歩けねえよ。いいか? 優紀さんは素人だぞ」
じゃあ、あたしは玄人なのか、と聞きたかった。
それを察したのか、健吾はあたしの頭をこつんと叩いて、
「あのなあ、お前が6つの頃から通ってたのは、どこの道場だ?」
「あっ……」
そうか……。
あたしは、小さい頃からずっと、健吾のお母さんがやってる道場で合気道を習ってきた。
だから、重心の移動とか、足の運び方に関しては玄人と言っても差し支えのないスキルが身に付いてしまっている。
「優紀さんのおしとやかさっていうのは、内面からにじみでてくるもんであってだな、動きだけみたら、特別綺麗でも華麗でもないし、どこにでもいる普通の女の子なんだよ」
「じゃあ、気合いを入れればあたしの方が歩き方は綺麗なの?」
ちょっと拡大解釈かもしれないけど、そういうことになると思う。
健吾は素直にそうだとは言わないと思うけど。
「綺麗? ああ、完璧だぜ」
おっと、珍しい。たまには良いところもあるではないか。
……なんて、思ってはいけなかった。
「完璧すぎて、殺し屋も真っ青だ……。くくくっ」
「ううう~~~~」
腹いせに、手に持った鞄をぶち当ててやった。
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