第12話 『おはよう、優紀さん』

 さんざん迷ったけど、

 結局、あたしはお姉ちゃんのリボンを付けて学校に行くことにした。


 換えのリボンだって、いくつもあるけど、それを付けていくわけにはいかなかった。


 だって、そうしたら、お姉ちゃんがあたしのフリをしていることがバレてしまうから。

 

 お姉ちゃんがあたしになりすましているのだから、残ったあたしはお姉ちゃんにならなければならないのだ。

 

 きっとお姉ちゃんは先に学校についている。


 もう、あたしのフリをして学校の中にいるのだ。


 だから、バレてしまえば言い訳はきかない。


 現行犯でつかまって、生徒指導室でたっぷり嫌みを言われて、成績表には見せるのも恥ずかしい履歴がつけられて、これまでお姉ちゃん(と、あたし)が頑張ってきた全てがみんなに疑われることになる。

 

 健吾とかミサちゃんは笑って許してくれると思うけど、

 先輩も独りっ子だからピンと来ないかもしれないけど、

 お父さんは絶対、確実に泣くと思った。


 一つ子の恥だ、って。


         @


 すらりと背筋を伸ばして、肩をできるだけを揺らさないように静かに歩く。


 急ぎもせず、かといって必要以上にオドオドもしないで、

 自然に、柔らかく足を進める。


 表情は奥ゆかしい微笑でキマリだ。


 青いリボンをつけて、超おしとやかモードで、すっ、と歩く。


 これなら、どこからどう見ても、朝倉優紀そのものだ。


 もともとあたし達は、一つ子の中でもかなり顔がそっくりな方だし、髪型だって結び方次第でどうにでもなる。


 トレマを入れ替えた今、二人を区別するには性格や行動を見るしか方法がない。


 だから、すらりと背筋を伸ばして、静かに歩く。


 そうすれば、あたしはどこからどう見ても『朝倉優紀』なのだ。


 そう考えると、なんだか生まれ変わったような気分になる。



 おしとやかで、女の子らしくて、先輩の好きになったお姉ちゃんに。



 ……すごく不謹慎だけど、実を言えばお姉ちゃんのフリをするのは、少し楽しかった。


 すました笑顔の下に、イタズラ心がむくむくとわき上がってきてしまう。


 これじゃあまるで健吾みたいだ。


 それにしても、健吾が一つ子じゃなくて本当によかった。

 

 あんなのが二人もいたら、あたしの生活はどうなってしまうか分かったものではない。


 まあ、一つ子だからって、性格まで似てるとは限らないけど。

 ……っと、噂をすればなんとやら。


 後ろから近づいてくるせわしのない足音。


 かなりの高確率で健吾だった。

 


 あたしは内心でほくそ笑む。

 

 いつも、ガサツだの優紀さんを見習えだの、好き放題ぬかしているお返しだ。


 思いっきりおしとやかにキメて、あたしだなんて分からない健吾を見て二度笑ってやる。


 振り返る。


 小首を傾けて微笑み、『あなたに会えたのが本当に嬉しいわ』っていう感じの声を響かせる。


「あ、おはよう健吾くん。ふふっ、今日も早いのね」


 完璧だ。


 アカデミー賞にノミネートしたかった。



 きっと、『おはよう、優紀さん』なんて、あたしには使わない丁寧な言葉が返ってくるのだ。

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