第11話 あんなの絶対にノーカウントなんだから

 その夜、あたしは夢を見た。

 

 お姉ちゃんと一緒に眠る夢。


 お姉ちゃんの腕の中で、あたしは震えていた。

 すごく怖いものに追い回されたみたいに。


 お姉ちゃんは、あたしの頭を優しく撫でて、抱きしめてくれた。


「大丈夫。わたしが美紀ちゃんを守ってあげるから。美紀ちゃんが泣かないように、わたしがずっとお母さんになってあげるから……」

 

 あたしは、その言葉を噛みしめるみたいに何度も、何度も頷いた。


 でも、ホントは少し怖かった。


 だって、お姉ちゃんが、お母さんみたいに遠くに行っちゃったらイヤだから。


 だから、あたしは大好きなお姉ちゃんにしがみついて、お姉ちゃんがどこへも行かないように祈っていた。


「大丈夫。僕はどこにも行かないから……」

 

 その言葉に安心して、あたしは顔を上げて先輩を見た。


 本当ですか? 

 お姉ちゃんじゃなくて、本当にあたしと一緒にいてくれるんですか?


 先輩は頷いて、あたしにキスをしてくれた。

「大好きだよ……」


 あたしも大好きです……。そう言おうと思った。でも


「大好きだよ優紀ちゃん……」


 ビルの屋上から、地面に落とされたみたいだった。


 ふと、周りを見ると、赤いリボンを付けたあたしが手を振っていて……


 その隣には先輩の姿。


 じゃあ、いま、自分が抱きしめているコレは一体……。


「………うわあああ!!」


 びっくりした。


 自分の声で目が覚めるというのは、なかなか心臓に悪いものだと思う。

 あたしは、いま見たものを光速で忘れ去ろうとして、ぶんぶんと頭を振った。


 健吾の夢なんて見てしまった。


 あんなファーストキスなんて、絶対にノーカウントなんだから、すぐに頭から消去して二度と思い出さないようにしようって思ったのに。


 健吾の顔を見ても、何も気にしてないみたいにツンとすましてようって思ったのに。


「……………」


 まあいいか。


 見てしまったものは仕方がないのだ。


 あたしの良いところは、明るくて前向きなところなんだから、少しぐらい変な夢を見たところで、気になどしてやらない、と思った。


「うん。さてと、朝練朝練っ」

 

 楽しそうにそう言ってから、昨日失恋したことを思い出した。


「…………」


 ……もう、朝練は楽しみとは呼べないのかもしれなかった。

 そんなのすごく不純かもしれないけど、

 やっぱりあたしが毎日かかさず朝練に出るのは先輩に会うためだったみたいだ。


 ポジティブが売りの『美紀ちゃん』も、さすがに今回は堪えたみたいだった。


 溜息をついた。のそのそと起きあがって、枕元のキティを手に取ろうとして……


――気づいた。

 

 そこにあったのは、青いリボンが一つ。


 それは、どこからどう見ても、お姉ちゃんのトレマだった。

 名前は『ダイナ』。


 状況がよく飲み込めなかった。


 なんでここにお姉ちゃんのリボンがあるのか。

 あたしのキティはどこに行ったのか。


「お姉ちゃん!」

 お姉ちゃんの部屋に飛び込む。


 それから台所、洗面所、リビング、お父さんの部屋は探さなかったけど、それ以外のどこにも、

 お姉ちゃんはいなかった。


 最後に玄関の靴を確認して、ようやく確証を得た。


 お姉ちゃんは、キティをつけて出かけたのだ。

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