第10話 一つ子だから

 「……美紀ちゃん、鹿島さんのこと好き?」


 お姉ちゃんが、何を考えているのか、まるで分からなかった。

 不安は苛立ちに代わり、

「……それと、これと、何の関係があるの?」

 気がつけばお姉ちゃんを睨みつけていた。


 それで、お姉ちゃんはようやく本題に入った。



「今日ね、鹿島さんから告白されたの」


 

 でも、あたしは興味ないよ、という風を装って答える。

「ふ~ん。それで? OKしたの?」

 

 お姉ちゃんは、先輩に告白された時と同じように、かすかに頷く。


「そうなんだ、よかったね。あたしの分までお幸せに」

 

 セリフは棒読みだったし、なんだか皮肉を言ってるみたいでイヤだったけど、これがあたしの精一杯だった。

 だって、なんだかよく分からない前フリで、タイミングを見事にずらされてしまったのだから。


「それでね……」

 

 あたしは、もう話は終わりにしたかったのに、お姉ちゃんは口を閉じなかった。

「明日から、わたしと入れ替わって欲しいの」

 

 意味が分からない。これではまるで、あたしに、お姉ちゃんのフリをして先輩とつきあえと言ってるみたいで………


 え?

 

 自分の思考に自分で驚く。


「何言ってるのお姉ちゃん。入れ替わって、あたしにどうしろって言うの?」


「鹿島さんと、つきあって欲しいの」


 最初に感じたのは、とまどいだった。

 でも、それはすぐに怒りに取って代わられる。

 めちゃくちゃに怒鳴り散らしたい気持ちを全力で押さえつけて、あたしはお姉ちゃんを問いただす。


「……あたしに、遠慮してるの?」

「……違うわ」


「じゃあ、何よっ!」


「でも、やっぱり、鹿島さんには美紀ちゃんの方がふさわしいと思うから」


カッと頭に血が上る。


「先輩をバカにしてるの!?」


 お姉ちゃんは首を横に振る。

 もう、ダメだった。

 いくらお姉ちゃんのことが好きでも、腹が立つものは仕方がない。

 イライラして、どうしようもなくて、あたしは声を限りに叫ぶ。


「じゃあ、何でOKしたのよ!! 先輩は、お姉ちゃんが好きなんだよ!! あたしじゃないの! あたしじゃダメなの!!」


 あたしじゃダメ。


 自分で言った言葉なのに、それは威力が強すぎた。

 さっき出し尽くしたはずなのに、もう泣かないって決めたはずなのに、

 涙が溢れて視界を覆う。

「ごめんなさい。でもね、それは違うと思うの」

「何がよ!!」


「美紀ちゃんだとダメなんて、そんなことないわ」

「そんなことなくないよ!! 

 そんなこと、あるわけないじゃない!!

 だって、あたしはわがままで、怒りっぽくて、お姉ちゃんみたいに可愛くもないし、おしとやかでもないし……」


 涙が零れて、でも、気がつけば、お姉ちゃんはわたしのすぐ横に腰掛けて、涙を拭いてくれていた。あたしはその手を振り払ってそっぽを向く。


 お姉ちゃんはちょっと悲しそうな目をして、

 でも、優しく抱きしめるみたいに言葉を紡いでいった。


「でもね、美紀ちゃんは元気で明るくてまっすぐで、本当はすごく優しくて、今だって鹿島さんのためにそんなに真剣に怒ってあげられて、だからみんなに好かれているの……」


 そんなこと、言わないで欲しい。

 そんなこと言ったって、先輩が好きなのはお姉ちゃんなのだから。


「……美紀ちゃんは、わたしの自慢の妹なんだから」

「だから、だから何なのよ……」


 もう、声が詰まって、ちゃんと話すこともできなかった。

『だから』は『だがあ』になって『何なの』は『だんだの』って耳に響く。


「だからね、鹿島さんが、美紀ちゃんのことをもっとよく知れば、きっと、絶対好きになると思うの。わたしなんかよりずっと。だって……」

「………」 

「わたしだって、美紀ちゃんのこと大好きだから……」


 あたしだって、お姉ちゃんが大好きだ。

 でも、今は憎らしくてたまらなかった。


 お姉ちゃんだったら、先輩を譲ってもいいって、そう思おうとしてたのに。

 お姉ちゃんが幸せ一杯になればそれでいいって、そう思おうとしてたのに。


「ねえお姉ちゃん……。お姉ちゃんは、先輩のこと好きじゃないの?」


 それだけは聞いておきたかった。

 好きなら、あたしに遠慮なんてしないで、好きだって言えばいい。

 でも、もし好きじゃないなら……

 お姉ちゃんは、今度ははっきりと頷いた。


「わたしには、男の人を好きになるっていうのが、まだよく分からないから……」


「だったら、断ればよかったじゃない……。OKしたのに、そっくりさんの代役を立てるなんて、そんなのひどすぎるよ。先輩が、先輩がかわいそうだよ」


「それじゃあ、ダメなの」

「何がよ!」


「わたしたちは、一つ子だから」

「一つ子だから? それが何なの!」


「わたしが断ったらね、そのあと鹿島さんは美紀ちゃんを好きになれないと思うの。『代役で好きになったら美紀ちゃんがかわいそう』ってそう思って、本当は好きでも絶対にそうは言わないと思うの」


「だからって、何で入れ替わらなきゃいけないのよぉ……」


「鹿島さんは、きっと美紀ちゃんのことを好きになるわ。

 わたしの代わりじゃなくて、ちゃんと美紀ちゃんのことを見て好きになってくれる……。美紀ちゃんがわたしじゃなくても関係ないって思えるくらいに。

 騙していたのが分かっても気にしないくらいに。

 そうしたら、美紀ちゃんは鹿島さんと、本当に一緒にいられるから……」



そんなの、無理だと思う。

だって、先輩が好きなのは……。


「美紀ちゃん……。だからお願い。わたしにキティを貸して?」

「イヤ……。絶対にイヤっ!!」


 そう言って、あたしはリビングを飛び出して、階段を駆け上がって自分の部屋に飛び込んだ。

 八つ当たりみたいにドアを閉めて、ベッドに倒れ込んで泣いた。

 お姉ちゃんが、分からなかった。


 お姉ちゃんは、いつも優しくて、人の気持ちをすごく大切にする人だったのに……


先輩が、かわいそうだった。

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