第9話 鹿島さんのこと好き?

 お姉ちゃんが帰ってきたのは、豆腐とネギをいれた鍋にお味噌を入れる頃だった。

 といっても、作り始めてからもう一時間近くも立っていたのだけれど。


「ただいま」

「おかえりっ」


 いつもより、元気のよさは三割り増し。

 そんな風にしてあたしはお姉ちゃんを出迎える。


「えっ、美紀ちゃん? 体の具合はもういいの?」

「へへっ。ちょっと今日テニス部の友達とケンカして、サボりたいから仮病つかっちゃったんだ」

 

 ちょっと子供っぽくしゃべってみる。

 お姉ちゃんは、ちょっとびっくりしたみたいだったけど、ほっとしたように笑ってくれた。


「よかったわ。相当具合が悪いんじゃないかって心配してたの。あたしも委員会で遅くなるし、美里ちゃんもバスケ部が忙しいみたいだし、健吾くんも陸上部の大会近いみたいだったから、どうしようかと思っていたの」

 

 健吾? 陸上? よくわからなかったけど、後で考えることにして、

 

「う~、もう子供じゃないんだから、そんなに心配しなくてもいいのに~」

「ごめんなさいね。でも、それでもやっぱり心配だったから」


 ごめんなさいね、と言って笑ったお姉ちゃんに少し陰があるように見えたのは、気のせいじゃないと思った。

 お姉ちゃんは玄関に突っ立って、しばらく靴も脱がないで固まっていて

 それから、唐突に口を開く。


「ねえ、美紀ちゃん……」

「あ、お姉ちゃんっ、もう晩ご飯できてるんだ。お父さんは遅くなるって言ってたから、もう食べちゃおうよ」

 

 お姉ちゃんの声を遮って、明るい声を響かせる。

 だって、お姉ちゃんの声がすごくつらそうだったから。

 でも、本当は、そんなのこじつけで、あたしが聞きたくなかっただけなのかもしれないけど。


 お姉ちゃんは、不意をつかれたみたいに一瞬固まって、でも、


「えっ、あ、……美紀ちゃんが作ってくれたの? ふふっ。久しぶりに美紀ちゃんの手料理が食べれるのね。うれしい」


 お味噌汁だけなのに、あたしが作ったって威張ってるみたいになっちゃったけど、お姉ちゃんは嬉しそうに笑ってくれた。

 でも、なんとなくその雰囲気に喜べないのは、お姉ちゃんの笑顔が嘘っぽく見えたから。


 でも、ホントはそんなことないのかもしれない。

 あたしが、疑い深いだけなのだ。……そう思うことにした。 

 

             @


 それから二人でご飯を食べて、一緒にお皿洗いをした。

 いつになく会話が少なかったのは、きっと、先輩のせいだ。


 もう、こんなのはイヤだった。

 知ってるのに黙ってるっていうのも、なんだかお姉ちゃんを騙してるみたいで、あたしらしくない。


 いっそのこと、『お姉ちゃん、あたし昼休みに体育館裏に行ったんだ』とか言って、あたしが全部見てたことを白状してしまいたかった。


 こっちが一方的に話して、お姉ちゃんに何も言う隙を与えなければ、『ごめんなさい』とか、『美紀ちゃんが鹿島さんのこと好きなの知ってたのに……』とかそんなセリフを聞かなければ、けっこう平気でいられそうだったから。


 だから、あたしは、意を決して口を開

「美紀ちゃん」

 

 ほんのちょっとの差で、先に話を切り出したのはお姉ちゃんだった。

「何?」

 あたしの声は、自分でもかなり不機嫌そうに聞こえた。

 でも仕方がない。

 お姉ちゃんが何て言ってくるのか分からなくて不安で堪らなかったから。

 せっかく元気にしてるのに、全部台無しにしてしまいそうで怖かったから。


「何? どうしたの」

「明日から、キティを貸してくれないかしら」

 

 はい?

 もの凄く間抜けな返事を返してしまった。

 

 キティっていうのはあたしのトレマ。

 つまり二つの赤いリボンだ。

 

 それを貸して欲しいっていうのは、つまり、あたしと入れ替わりたいってこと。

 でもなんで?


 意図が掴めずにあたしはお姉ちゃんに聞き返した。

 

「なんで? 明日、体育のテストでもあるの?」


 我ながら間抜けな質問だと思ったけど、他には何も考えつかなかった。

 他のテストと違って、体育だけは指紋検査がない。

 それに、体育の成績だけは、いつもあたしの方がいいのだ。

 でも、お姉ちゃんだって運動神経が悪いワケじゃないし、入れ替わる意味はほとんどないはずだった。


 なにより、

 

「下手したら、バレて停学処分だよ?」

 

 入れ替わりっていうのは、社会はもちろん学校内でもすごく厳しく取り締まられている。

 

 なぜって、入れ替わりの事件は、一つ子の信用をガタ落ちにさせるから。

 二つ子や独りっ子は『やっぱり一つ子は』って思うし、

 同じ一つ子だって、『一つ子の恥だ』って、もの凄く怒る。


 だって、みんなが頑張ってることが全部ダメになっちゃうから。

 一回入れ替わりがあると、一つ子全体が信用できなくなっちゃうから。


「それでもどうしても入れ替わりたいの? お姉ちゃん」


「……美紀ちゃん、鹿島さんのこと好き?」


 お姉ちゃんが、何を考えているのか、まるで分からなかった。

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