第8話 だからあたしは
ペタリと床に座り込む。
あたりは静まり返って、嵐が去った後みたいだった。
そこら中にあたしが投げたぬいぐるみやら文庫本やら文房具やらが散乱していて、あとで片付けるのが大変そうだな、なんてピントのずれたことを考えていた。
唐突に、一筋の涙が頬を伝った。
布団を引き寄せて涙を拭いた。そのまま、ベッドに倒れ込んで布団に包まろうとして、
でも、
乾いた笑みが漏れた。
それは、力ない笑顔だったけど、不思議とさっきの自嘲気味な感じはぜんぜんなかった。
だから、
上を向いて本棚を見る。
少女漫画の詰まった間に、お母さんの写真があった。
優子叔母さんと腕を組んで一緒に写ったお母さんの写真。
仲のいい一つ子の写真。
……うん。そう。めそめそ泣いてるなんて、あたしらしくない。
立ち上がる。
頭がガンガンして、目の前が少しくらくらして、鼻の奥が痛かった。
それでも、あたしはもう一度笑った。
うん、そうだ。
起きて、笑って、お姉ちゃんが帰ってきたらいつもと同じように迎えてあげよう。
あたしはぜんぜん気にしてないって、
そういう風にしていよう。
そんなこと思ってても、お姉ちゃんの顔見たら思わず睨んじゃうかもしれないけど、お姉ちゃんが先輩と一緒にいるところを見たら間に入って邪魔したくなっちゃうかもしれないけど……。
きっと、つらいのは、あたしだけじゃないのだ。
お姉ちゃんは、あたしが先輩を好きなことを知っているから。
うん、だからあたしは笑っていよう、と思った。
お姉ちゃんが気にしないように、お姉ちゃんが幸せ一杯になれるように。
だって、
あたしは、先輩を好きなのと同じくらい、お姉ちゃんが大好きなのだから。
@
じっとしてると泣きたくなっちゃうから、たまには夕飯でも作ってみようと思って、階段を下りると、玄関のところに健吾が突っ立っていた。
「なによ」
「なんだよ」
「人のうちの玄関で突っ立ってないで早く帰んなさいよ。気味悪いのよ。
あんた、ストーカー?」
「言われなくても帰るけどな。ただ、優紀さんが、今日は委員会で遅くなるってさ。『美紀ちゃんが具合悪いのに、早く帰れなくてごめんなさい』って。それだけ」
何しに来たのかと思えば、そんなことをわざわざ言いに来たのだろうか。
学校の敷地内ではスマホの使用が禁止されているから、他に伝えようもなく健吾に……、いや、たぶん違うのだろう。
きっと、お姉ちゃんが頼んだのは、あたしの看病なのだ。
自分が遅くなりそうだから、その間だけでも様子を見てあげてくれって。
でも、
「何で仮病なんて使ったか知らねーけど、優紀さん、本気で心配してたんだからな」
やっぱり、健吾には、バレていたみたいだった。
「余計なお世話よ」
「悪かったな」
その謝りかたに違和感を感じて、問いただそうとして、
でも、そのころには健吾は扉を開けて出て行ったあとだった。
「…………」
あたしは、しばらく健吾の出て行ったドアを睨みつけていた。
それからあたしは夕飯の支度をしようと台所に向かう。
夕飯っていっても、あたしは料理なんてほとんどしたことないから、
作れるメニューは決まっている。
主食は双子丼か、ツインライスか。
それと、何にかスープでも作ってというのは、少し冒険だろうか……
ふと。気づいた。
テーブルの上に、ビニール袋に入ったおなべが一つ。
ふたを開けると肉じゃがが入っていた。
たぶん、健吾のお母さん、つまり師範からの差し入れだと思う。
師範は、たまにこうして健吾におかずをもたせてくれるのだ。
「……よし」
お味噌汁だけ作ることにした。素人にはちょうどいいかもしれなかった。
お鍋を火にかけようとしてビニールから出すと、袋の奥の方から、ノートの切れ端みたいな紙きれが転がり出てきた。
手でちぎった紙に、適当に書きなぐったような置手紙。
たぶん、健吾の仕業だと思う。
こう書いてあった。
『元気だせ』
「…………」
じーっとその字を見つめた。
「……きったない字」
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