第6話 あたしだって
逃げるようにして校舎まで走ってきて、気が付けば保健室の前にいた。
だから、あたしは風邪を引いて帰ることにした。
もちろん、仮病に決まってる。
けど、今は先輩にもお姉ちゃんにも会いたくはなかった。
「風邪ひいちゃったから帰ります」
保健の柿本先生はそれであっさり許してくれた。
あたしが先生と仲がいいからとか自由な校風だからとか、
そういうことも関係あると思うけど、あっさり帰れたホントの理由は違うと思った。
何でもないフリをしたつもりだけど、
きっと……、
きっとあたしはひどい顔をしていたのだ。
@
家に帰って制服も脱がずにそのままベッドに倒れ込んで、
頭から布団をかぶって眠った。
冬初めの木枯らしに吹かれた身体にくるまった毛布はあったかくて、
あたしは膝を抱えて丸くなる。
日向の匂いがする毛布は、柔らかくて、優しくて、
まるで、お姉ちゃんみたいだった。
思い出す。
夜、怖くて眠れない時。
あたしはいつもお姉ちゃんの布団に潜り込んで眠った。
お姉ちゃんは小さな手であたしの頭を撫でて子守歌を歌う。
あったかくて、優しくて、なんだかいい匂いに包まれて、
あたしは、小さなお母さんの腕の中で安らかな眠りに……。
布団の中で、一度、鼻をすすった。
先輩が、お姉ちゃんを好きになったのも当たり前なのかもしれなかった。
だって、
あたしだってお姉ちゃんが大好きなんだから。
@
インターフォンが聞こえて布団から這い出ると、あたりはすっかり暗くなっていた。眠ってしまったのかも知れなかった。
ベルの音は一度きりで、出ようかどうか迷ったけど、
結局あたしは居留守を続けることにした。
それが郵便屋でも、プリントを届けに来た友達でも、
今は誰とも会いたくなかったから。
それなのに、聞こえてきたのはガチャ、という玄関のドアを開ける音。
え? 何? 誰? ちょっと待って……。鍵かけ忘れた?
寝ぼけた頭がパニックに陥る。
お父さんの朝の言葉が蘇る。
『七時以降は外を出歩かないこと』『戸締まりはしっかりして』『チャイムが鳴っても不用意にカギを開けないこと』『何かあったら携帯ですぐに知らせること』『大丈夫、あたしがやっつけてや……』『その慢心が』
命取り……。
不意に背筋が寒くなる。
そいつは乱暴に靴を脱ぎ捨てたかと思うと、
ズンズンと無遠慮に階段を上り始めた。
お姉ちゃんもお父さんもチャイムは鳴らさない。
優子叔母さんだって同じだ。
あの人が他人行儀なことをしたがるとは思えない。
じゃあ一体誰なのか。
そう思うヒマもなく足音が近づいてくる。
二階へ上がり、廊下を右に曲がり、やがてそれはあたしの部屋の前で止まった。
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