第5話 それは夢に見たままの……
教室を出て学食へ向かう。
昼の学食は、駅前ショッピングモールのバーゲンセールかと思うくらいの混雑ぶりだった。
いつもお姉ちゃんがお弁当をつくってくれるから、
あたしがここに来たのはずいぶん久しぶりなのだ。
あまりの混雑に怯みそうになりながら、何とか全部を探し終えたけど、先輩はいなかった。
それから購買の前でパンを買ってる列を探ったけど、やっぱり先輩はそこにもいなかった。
次に来たのはテニスコート。
今日の昼練は休みで、片づけ損なったテニスボールが一つ淋しそうに転がっているだけで、なんだか気分が沈んできたから、あたしは急いで踵を返した。
校庭のベンチ。
多目的ホール。
図書室。職員室。非常階段。
敷地中を走って周りながら、先輩の姿を探す。
でも、どこを探しても先輩はいなかった。
制服姿で、汗をかいて、息を切らしながら、なんで、こんなに必死なんだろう、と思った。
何か、
考えてることまで、
息 切れして、
きた、
気が する。
なにも、
今日 じゃなくても、
いいのだ。
ただでさえ、連日の練習で、全身は筋肉痛で、
これ以上無意味に走りまわるのは、やめに、したかった。
膝に手をついて、呼吸を整える。
そうしてしばらく心臓の音を聞いていた。
大きく、深呼吸をした。
とりあえず落ち着いた気がする。
それから、とぼとぼと歩きながら第一校舎の南側をまわって、体育館裏を目指した。
そこは本当は体育館と隣接する格技場の裏なのだけれど、みんな気にしないで体育館裏って呼んでいる。
第一校舎の横を通って、渡り廊下を横切って、
突き当たった体育館沿いに歩いて角を右に曲がろうとして、
――これで今日は諦めようって思っていた。
本当は先輩と来るはずだった体育館の裏に行って、また今度来る時の下見もかねて、一人で告白の練習でもしようって思っていた。
それなのに……。
先輩は、そこにいた。
何の皮肉か、そこには、夢にみたままの光景があった。
体育館の裏で先輩と向かい合う『自分』。
頬をかすかに赤く染め、恥ずかしそうにうつむいた『自分』。
多分、心臓はバクバク鳴っていて、それを隠そうと必死になっていて、下を向いたまま顔を上げられない『自分』。
あたしは、声も出せず身動きもできずに、体育館の角から、ただ、その光景を見ていた。
「もう一回言うよ」
先輩の声が響いた。
逃げ出したかった。
何も聞かなかったことにして、何も見なかったふりをして、何もかも忘れてしまいたかった。
あたしは先輩を見る。
先輩の後ろ姿をすがるように見つめる。
「好きなんだ。だから、僕と、つきあって欲しい」
……夢なら、醒めて欲しかった。
『あたし』は、ずっとうつむいたままだった。
……夢は、醒めなかった。
先輩が一度、『あたし』の名前を呼んだ。
「優紀ちゃん……」
風が吹いた。
風にそよいだセミロングの髪には、青いリボンが一つ。
お姉ちゃんは、先輩の気持ちに、本当にかすかな頷きを返した。
失恋の時だった。
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