第4話 でもだって、美紀ちゃん彼氏いるじゃん

 タッタッタ、ガラッ。


「鹿島先輩いませんかっ!」


 昼休み。

 チャイムが鳴ると同時に自分の教室を飛び出して、

 あたしは2年F組に向かった。


 もちろん、先輩に告白するつもりだから。

 手順はしっかり考えてある。

 相談があるって言って先輩を呼び出すのだ。


 2週間後に行われる文化祭。


 あたしと先輩の所属するテニス部は、その日に招待試合を予定している。

 その試合に向けて、一年生のまとめ役に抜擢されてしまったのは、なんと、あたしなのだ。

 いきなりの大役にとまどう後輩。


 そんなあたしだから、男子部の部長である先輩に相談に行っても何の不自然もない。

 

 ……うん。ないはずだ。

 

 だから、相談があるって言って先輩を呼び出せば絶対大丈夫。なのに……

 

 ――なんでだろう。ぜんぜん気分が乗らなかった。


 そもそも、部活を口実に先輩を呼び出すなんて仁義に反する気もするし、でも、それでもやめるわけにはいかない。


 もう一週間も前から失敗続きなのだ。


 意を決して教室の中に足を踏み入れる。

 けど先輩はいなかった。

 仕方がないから他の先輩を捕まえて聞いてみることにする。丁度、廊下側の席にテニス部で知った顔が、二つ並んでいた。


「あの、松平先輩。鹿島先輩がどこにいったか知りませんか?」


『『ん?』』


 と、同時に振り向いたのは、二年の松平亮太先輩と翔太先輩。


 もちろんふたりは一つ子で、

 青系のネクタイを締めている方が亮太先輩で、

 緑系の方が翔太先輩。

 これは、単なるおしゃれじゃなくて、学校にも登録してある正式なトレードマークだ。


 ウチの学校は入試に双子枠があって、全校生徒の八割が一つ子のペアで、だからなのか、トレードマークの登録が義務づけられている。

 

 あたし達は大抵『トレマ』とか『ID』とか呼んでるけど、要するに、二人を見分けるために身につけるものだ。


 ちなみに、あたしは赤いリボンが二つ。

 お姉ちゃんは青いリボンが一つ。


 校内ではそれを身につけてないと先生に捕まって5分じゃすまないお説教をくらうし、成績にも響く。


 テストの時は指紋検査があるから忘れても受けさせてもらえるけど、

 その代わり面倒な書類を何枚も書かなければならないそうだ。

 

 トレマは3ヶ月毎に変更出来るけど、変える人はあまり多くない。

 だって、友達に会ったときにもいちいち説明しなければならないのだ。

 ケータイの番号を変えるよりもずっとめんどくさい。


『『あれ? 美紀ちゃんじゃん』』


 先輩ふたりの声が重なる。


『『何しに来たの? こんなとこに』』

 

 ピッタリと重なった声は、別に偶然というわけじゃない。

 ふたりはダブルスでペアを組んでいて、前の大会で惨敗して以来、パートナーと呼吸を合わせる練習中なのだそうだ。


……あ、そうそう。用事用事。


「えっと、鹿島先輩ってここのクラスですよね。どこに行ったか知りませんか? ちょっと招待試合のことで相談があって……」


『『鹿島?』』


 そう言ってから、亮太先輩は「学食じゃね?」翔太先輩は「購買じゃねえの?」

 ハーモニーが乱れて、ふたりは顔を見合わせてにらみ合う。


 曰く、『『こっちに合わせろよ』』『『バカ』』『『アホ、マヌケ』』『『罰金な!!』』『『どっちがだよ!!』』


 ……喧嘩なのに息がピッタリだった。

 あたしはクスクスと笑いながら、とりあえず、学食も購買も探してみることにして、


「じゃあ、ありがとうごさいます松平先輩。両方探してみますね」

『『ああ、ちょっと待った』』


 何事かと思って振り向くと、


『『美紀ちゃん。お姉さんによろしく!!』』


 あたしは、ちょっと複雑な顔をしてため息をついた。


 ふたりは、年下のお姉ちゃんのファンなのだそうだ。

 おしとやかで可愛くてちょっと天然入っててサイコー、といつも話している。


『『今度お姉さんに紹介してね』』っていうのは、

 もう何度言われたかわからない。


 言われるたびに複雑な気持ちになるのだけど、やっぱりお姉ちゃんを褒められて嬉しくないわけはない。

 嬉しくないわけはないのだけれど、こう何度も言われると、ちょっと愚痴のひとつも言いたくなってくる。


 だからあたしは冗談交じりに


「紹介って先輩。あたしも同じ顔なんですけど、紹介しなくていいんですか? あはは」


 そうしたら二人は顔を見合わせてにへらっと笑った。

 何か嫌な感じだった。


『『でもだって、美紀ちゃん彼氏いるじゃん』』


「なんですかそれ!! 彼氏なんていません」


 あたしは抗議の声を上げる。

 そう言われて必死に思い当たる節を探せば、ミサちゃんと並んだ軽薄そうなバカ面が脳裏に浮かぶ。


 ふたりが言っているのは健吾のことに違いなかった。


 もう何度かからかわれていることだけれど、まさか彼氏だと思われてるとは思わなかった。


 隣同士で幼なじみで家族ぐるみで仲が良く登下校もよく一緒になる、となればそんな発想も湧いてくるのだろうか。

 あたしにしてみればただの腐れ縁なのだけど。


『『え、でもほら、幼なじみの、アハハ。なんてったっけ??』』


「アレはただの腐れ縁の幼なじみです!! 昔っから、あたしの大事なリボン取ったり、机にカエル入れたり、ほんっとろくなことしないんですからね!」


『『またまた~。気のないフリして実はラブラブ。いやあ、王道だね。ラブコメの』』


「ラブでもコメでもないです!! もうっ!」

 

 どうしてみんな健吾とあたしを結びつけようとするのか。

 幼なじみならみんなカップルにならなければならないのか。

 だったらお姉ちゃんが健吾と付き合えばいい。


『『う~、そんなに睨まないでよ美紀ちゃ~ん』』

 

 二人はそういってケラケラと笑う。


 ため息をついた。

 もうっ……。

 何故か自分の周りはみんな、あたしをからかっておもしろがるのだ。


 ミサちゃんも健吾もこのふたりもみんな。


 あたしはそんなにからかい甲斐があるのだろうか……?

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