第3話 あたしの居場所
結局、ミサちゃんはバスに乗り遅れた。
あたしと先輩はバスに走ったけど、
ミサちゃんは『先行っていいよ』って呟いて、とろとろと歩いてたから。
多分、先輩と一緒に走るのが気にくわなかったのだ。
バス停にいた健吾もミサちゃんを待ってから行くことにしたみたいで、
結果的にバスに乗ったのは……、あたしと先輩だけになった。
何の偶然か分からないけど、これはもう絶好のチャンスだった。
バスを降りたらテニスコートまで歩いて2分。その間ずっとふたりだけ。
その途中で言えばいいのだ。
ちょっと話があるんです、って。
体育館裏までいいですかって。
『体育館裏まで』なんて、まるで一昔前の不良が因縁つけてるみたいなセリフだけど、仕方がない。
そこは可愛さでカバーする、
……しよう、
……しなければ、
……できるかなぁ。
ああ、なんだか、考えただけで緊張してしまう。
「……美紀ちゃん? ねえ、……美紀ちゃん?」
「はいっ??」
「なんか、すごくぼーっとしてたけど、大丈夫?」
……なんか、今日は朝からぼーっとしてばっかりだ。
@
バスに乗ってた二十二分。
テニス部のこととか、今度ある文化祭のこととか、たわいのない世間話を続けたけど、はっきり言って半分も耳に入っていなかった。
バスはやたらに混んでいて、至近距離に先輩がいると考えただけで
胸がいっぱいで、なんかもう、
自分が何を話しているのかすら分かっていなくて、
そうしているうちに、次はもう降りるバス停だった。
……次は、双葉学園前。葬式、お通夜の木下斎場へお越しのお客様はこちらが便利です。次は、双葉学園前……
いつ聞いても気分の滅入る放送だった。
ドアが開いた。
斎場のCMもどきに心の中で不満をぶつけ、その勢いのままに元気よく、
バスを降りた。
それからちょっと歩いて足を止めてあたしは、
拳を握りしめる。
唇をきつく結ぶ。
萎えそうになる気持ちを奮い立たせるために、キッと睨みつけるように先を歩く先輩の後ろ姿を見つめる。
「あの、先輩っ」
――ちょっと話があるんです。体育館裏までいいですか。
そう続くはずだった言葉は、けれど、途中で先輩に遮られてしまった。
「あ、優紀ちゃん」
「……ちょ、お姉ちゃん!?」
ちょっと待って欲しい。だってお姉ちゃんはお皿を洗ってから行くって……。
でも、肩まで伸びたセミロングに、青いリボンが一つ。
それは、たしかに、朝倉優紀その人に間違いなかった。
だって、一つ子はここにいるのだから。
前を歩いていたお姉ちゃんは、あたしたちの声を聞いて、ゆっくりとこちらを振り向いた。
「あ、美紀ちゃん。同じバスだったのね。美紀ちゃんと一緒に学校行きたくて急いで片づけすませてきたの。ごめんなさいね。ほら、最近出る時間が合わなくてちっとも一緒に行かれなかったでしょう?」
うれしいけど、それはまたの機会にしてもらいたかった。
ついついお姉ちゃんを恨めしそうに睨んでしまう。
お姉ちゃんは、あたしが先輩のこと好きなの知ってるんだから、気を利かせてくれたってバチは当たらないってちょっとだけ思った。
「おはようっ、優紀ちゃん」
恨めしそうな念を送っているあたしをよそに、先輩はお姉ちゃんに声を掛けていた。
「……はい。おはようございます。鹿島さん」
並んでいる二人の後ろ姿が、なんだか、すごく面白くなかった。
先輩を、お姉ちゃんにとられたみたいだった。
お姉ちゃんを、先輩にとられたみたいだった。
だから、あたしは、頬を膨らませて二人の間に割り込む。
「む~、先輩、お姉ちゃんから離れてください!!」
大胆な発言に、自分でもびっくりして、
あたしは一度咳払いをしてこう付け加えた。
「……お姉ちゃんの隣は、あたしの居場所なんですからっ」
先輩は、キョトンと目を丸くしたあと、微笑ましそうにあたし達を見て、「仲がいいね」って笑った。
けど、あたしが本当に言いたかったのは、
『お姉ちゃんの隣』ではなく『先輩の隣』だったのかもしれない。
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