第2話 隣の二つ子
独りっ子。
シングル、バニシン、欠け子、割れ鏡、忌み子。
正式なのは
もちろん、良い意味で使う言葉じゃない。
独りっ子アレルギーのお父さんにいたっては、たまに『びっこ』とか『かたわ』などと呼んだりもする。
ちょっとひどいと思うし、そのことで一度大げんかしたこともある。
先輩のことを抜きにしても、独りっ子は可哀想だと思う。
何かといじめられることが多いし、助けてくれる双子だっていないのだ。
確かに、わがままな人も多いし、いじめられて性格の曲がっちゃう子もいるのだけど、反対に人の痛みが分かる繊細な人も多いのに。そう、ちょうど先輩みたいに
「オ~ッス! 美紀」
パス停のところで声をかけられた。
「な~んだ、健吾か」
中里健吾はもちろん双子で、合気道の師範の子どもであたしたちのお隣さんでもある。
でも、ここの双子はただの双子じゃなくて……
「おっはよー、美紀ちゃん」
「あ、ミサちゃんも一緒なんだ。おっはよー」
中里健吾と中里美里は、二卵性の、ようするに『二つ子』だ。二つ子は、普通の双子はもちろん、独りっ子よりもずっと少なくて、一学年で三百人いるあたしたちの高校で、たったの二組しかいない。
中里姉弟ともう一組、悪名高き霧方姉妹。まあ、それは今は関係ないことだけど……。
秋も深まりつつある十月のバス停で、たわいのない会話をしてバスを待つ。
でも、本当を言えば、あたしが待っているのはバスだけではなかったりした。
健吾やミサちゃんとバカ話をしながらも、視線はきょろきょろと動き、まばらに行き交う人の流れを見ていた。
……もっとはっきり言えば、あたしは先輩の姿を探していた。
「あ~らら、美紀ちゃん。なにをお探し?」
ミサちゃんの目がキラリと光る。
「いっ? う、ううん、別に何でもないよ。ただ、お姉ちゃん早くこないかな~って」
「ん? 優紀さんだったら来るのあっちだぞ?」
……うるさいバカ健吾。
健吾が指さしたのはもちろんあたしの家の方角。でも、あたしの目線がさまよっていたのはそれとはまるで反対の方角だった。
「むふっ。美紀ちゃんてば、あ~や~し~い~」
「ほんとに、何でもないってばぁ……」
「ほんとかな~? あやしいなぁ」
ミサちゃんは「あやしい」を連発してあたしをじろじろと眺め回す。
「な、なんなのよ~」
いきなり、
「わかった、男ね? オ・ト・コ。……ああ、お姉ちゃんっ子の美紀ちゃんにも、ようやく、ようやく春が来たのね~~」
「ち、ちがうって、そんなんじゃないよ」
「問答無用っ!!」
「おい美里。どこ行くんだよ」
ミサちゃんは不気味な笑みを浮かべると「ナイショ話よ、女同士の」と健吾を黙らせて、あたしの手を引いてバス停から離れ、一番近くの曲がり角に連れ込んだ。
「ちょ、ちょっとミサちゃん。バス来ちゃうって」
「大丈夫っ。次のバスは5分と37.2秒後だもん」
5分はともかく、37.2秒ってどうかと思う。
でも、やたらと細かい数字を連呼するのは、時計を見るのが大好きなミサちゃんの最近のマイブームだったりする。
「さ~て、ここなら邪魔者もいないし、何から答えてもらおうかしら。んと、じゃあまずは名前が基本よね。じゃあ、12.3秒以内に簡潔に答えよっ!」
ふんふ~んなんて、鼻歌歌いながら腕時計の秒針をチェックし始める。
「あのねえ、ミサちゃん。別にあたしは、ただ、ぼーっとあたりを見てただけで……」
「ふ~ん、せわしなく服のしわを伸ばしたり、髪の毛を整えたりしながら、ぼーっとしてたわけ? おまけにきょろきょろと視線を彷徨わせて……」
「ミサちゃ~ん」
「はい、あと2.4秒。2……1…………はい、ダメ~~」
それで帰りにチョコレートパフェをおごらされる羽目になった。でも多分、結局ワリカンだろうけど。
ミサちゃんは、けっこう無茶苦茶なことも言うけど、ホントはすごく友達思い。
いまだって、きっと、あたしが心配で相談にのってあげたくて、こんなことを言ってるんだと思う。
ただ、でも、だからって、簡単に白状はできないのだ。
だって、ミサちゃんは……
「ちょっと、美紀ちゃん。そんなにあたしが信用できないわけ? いいじゃないの。減るモンじゃないし、あたしだって前にちゃんと話したよね? ほら智也の時」
それを言われるとつらい。
智也って言うのは、ミサちゃんの彼氏のことだ。
智也ももちろん一つ子で、勇也っていう兄がいる。
「智也のときは、美紀ちゃんのおかげでうまくいったし、だから、今回はあたしが力になってあげたいなって思ってるのに、話してもくれないなんて。グスン。ミサちゃん悲しいゾ」
とうとう泣きマネまで始めた。でも、それでもやっぱり白状はできない。だって、ミサちゃんは……
「あれ美紀ちゃん? おはよう、こんなところで何してるの?」
突然の乱入者。メガネをかけた優しい笑顔が、すぐ近くで手を振っている。
誰? って、一瞬思考が停止してしまった。けど、
「ひゃっ、先輩っ!?」
「うん、僕だけど、どうしたの? バス、もう来てるけど乗らない?」
「あ……、いや、ああっ、いま行きますっ。乗ります!!」
慌てて返事をしてから、『ねっ?』と、ミサちゃんの方を一度見る。
予想通り、ミサちゃんはそっぽを向いて面白くなさそうな顔をしていた。
やっぱり、ミサちゃんには相談できないなって、もう一度思った。
だって、ミサちゃんも
お父さんと同じで独りっ子が大っ嫌いなのだから。
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