運命

 僕は『運命』なんて信じない。映画やドラマを見て僕はいつもそう思う。主人公やヒロインの人生は嘘っぱちの作り物だ。人生は単なる『偶然』でできている。抗いようなんてこれっぽっちも無い。


 子供の時は『運命』という言葉に弄ばれた。頑張って努力すれば、道は開かれ、僕のような人間だって偉い人になれると信じ込まされた。でも、大人になって何もかも『偶然』の産物だと思い知った。


 僕の彼女だって、たまたま大学でサークルが一緒だったと言う境遇が生み出した『偶然』でしかない。卒業して就職した先だってそうだ。単なる営業職、どこにでもいるサラリーマンだ。カッコ良くもなんともない。『天職』なんて間違っても口にできない。


「ねえ、私たちもう付き合いだして何年になるかしら?」


 サークルの飲み会で、酔った勢いで付き合いだした彼女がしきりに左手の薬指を気にしながら話しかけてくる。僕と同い年の彼女は二十五歳。そろそろ焦りを感じているってことかな。


「あのさー。何で僕なんかと付き合ってくれるの」


 彼女は小首を傾げる。長い黒髪が僕の横で揺れた。


「何でだろ。一番、ムリせずにいられるからかな。波長が合うって言うか」


「僕なんかじゃつまんないだろ。もっと自分に相応しい男が、この世の中にいるんじゃないかって考えなかったの?」


 隣に座る彼女の横顔を覗き込む。ゆっくりと横を向いた彼女の黒く澄んだ瞳が美しい。


「ヒロキは私のこと・・・。飽きちやったの・・・」


 整った小さな顔の上で、長い睫毛が悲しそうに揺れている。学生時代は学園のマドンナと呼ばれていた彼女の顔は、今だって全く衰えていない。


「そんなんじゃないけど・・・」


 不満を述べられるような立場でもないし、大手企業の花形部署でバリバリと仕事をこなす彼女は僕なんかと違って輝いている。正直つり合っているとは思えないし、愛想をつかされるに決まっていると、ずっと不安に感じ続けていた。なのに・・・、彼女は僕のもとに戻ってくる。


「私にはヒロキしか帰る場所が無いんだよ」


 口を尖らせる彼女の瞳から大粒の涙が零れ落ちる。ダイヤモンドより美しい。細い体を引き寄せて抱きしめる。彼女の胸の鼓動を感じる。


『運命』なんて存在しない。『偶然』をそう感じているだけ・・・。たまたま出会って、気がついたら側にいる存在。理屈で考え出したら壊れてしまうような危うい存在。だけど、僕の胸の中心で激しさを増していく鼓動は本物だ。 


「後悔しても知らないから。それでも、いいなら結婚しよう」


「ヒロキもちゃんとズルくなったね」


 僕の肩から顔を上げた彼女の笑顔が眩しい。まるで天使だ。


「ねっ。『偶然』って『運命』なんだよ」


 再び僕の肩に顔を埋める彼女が、僕の耳元で悪戯そうにそっと囁いた。







おしまい。

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