ワーケーション

 青い空、青い海。地上三十階のリゾートホテルの一室。俺は流れゆく雲を眺めながらジャグジーにつかる。弾ける泡からリッチなローズの香りが広がる。


 ピポン。


 バスルームに設置された防水モニターのビデオチャットが立ち上がる。俺は湯につかりながら会社の会議に参加した。もちろんカメラには俺が勤務中であることを示すダミー映像を映し出す。


 ついこの間まで、築三十年の古びた狭いオフィスに閉じ込められていた。いつ製造されたかもわからない空調設備が吐き出すかび臭い空気を吸いながら、タバコ臭いオヤジたちを相手に会議をしていたのがウソのようだ。


 集まるだけ集まって議論せずに愚痴をこぼす。都合の良いところだけ議事録に残す。そんな会議は過去のものだ。AI議長はクリエイティブな意見しか評価しない。


 単純労働を忍耐強くこなせば給料が上がるとか、使えない上司に媚びを売る能力が高ければ出世できるとか。そんな時代のことを思い出す。


 AIがロボットを使って人間の労働を奪うようになってから現場作業員も中間管理職も不要となった。創造的な仕事ができない人間は用無しだ。


 斬新な発想を生み出すには心も体もリラックスするのが一番。ギャンブルやスポーツなどの様々なアクティビティのついたリゾートホテルは現代の仕事場として最適なのだ。


「山崎くん。君のアイデアを教えてくれ」


「はい。都心に暮らすお年寄りに電話します。彼らはノルマ達成の為なら二十四時間働き続けることを美徳とし、サービス残業で無駄に時間を浪費することを労働と呼ぶ企業戦士。AIによって夢見ていた上級管理職への希望がついえて、企業年金や保険制度に守られながら資源を食いつぶしているだけの存在です」


 そこまで一気に語り、ジャグジーの脇に置かれたグラスを手に取って本物のトロピカルカクテルで口を潤す。欠伸をする者も話に割り込むものもいない。俺は自分のアイデアを熱心に語り、それは承認された。


 俺の今日の仕事はこの会議のわずか十分だ。これで他人の何十倍も稼ぎ出す。俺は手もとに残ったカクテルをゆっくりと味わい、絶景を眺める。


 ピポン。


 ビデオチャットに親父の名前と『緊急』の文字が表示される。


「卓(すぐる)!さんざん父さんのことをバカにしていたようだが、父さんは東京センター銀行の役員になったぞ。今、取締役会議で決定したそうだ。宮下頭取から直々に電話があったぞ」


「父さん・・・。出資金は幾ら振り込んだんだ」


「ほんの三千万さ。金ならこれから幾らでも手に入る」


「父さんの全財産じゃないか。それ、新しいAIオレオレ詐欺だぞ」


「バカを言うな。宮下頭取の辞令の電話の声も本人だったし、今、ネットニュースでも流れている」


「今時、AIを使えば音声合成も映像合成も一瞬なんだよ。そのネットニュースが流れているのは父さんのスマホだけなんだよ」


「そんなバカな。そんな詐欺なんてあるものか」


「五分で数千万稼ぎだす詐欺があるんだよ!なぜならそれは・・・」


 俺は電話を切ってグラスに残ったカクテルを一気に飲み干した。


「くそっ。苦い」





おしまい。 

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