幸せニュース

「近頃、事故や事件、訃報などの暗いニュースが多くて、気分も沈みがち。これでは経済も社会も活気が出ない。そこでJNH放送では新番組として、幸せなこと以外は放送しない『幸せニュース』を制作することとなりました」


 朝の日ざしを受けながら、テレビカメラに向かって新人の吾妻元気(あずまげんき)アナウンサーは幸せいっぱいの笑顔をつくった。


「本日が第一回目。占いだって全部良いこと尽くめ。色々な占いの良いとこどりで放送しますから必ず幸運があなたの元に!」


 彼はスタッフが用意した金ぴかのスーツを身に着け誇らし気に続ける。


「私事ですが、先日結婚しまして、もう、最高に幸せで。名前も『元気』新番組にピッタリと言いましょうか」


 真新しい結婚指輪が彼の指の上でキラリと光る。


「私は今、早朝の「サラリーマンの聖地」新橋駅に来ております。これから幸せな人を探して見たいと思います」


 飲み屋街を回って営業している店に突撃取材をかける。


「平日の朝からお酒が飲める人って、幸せですよね。それでは聞いてみましょう。えー、あなたが最近、幸せだなーって感じたことはなんですか?」


「おっ、俺か?ああ、宝くじで十億円当たってなー」


「なっ、なんといきなり十億円ですが。番組開始早々、コンセプトにピッタリの素晴らしい人に!みなさん。見てください。十億当たったら、もうあくせくと会社に行く必要なんて無いんですよ。平日の早朝から飲みまくれるんです。いゃー、幸せですね」


「十億で会社を興して・・・」


「聞きましたか!十億円当たったら会社が作れるんです。嫌な上司ともおさらばですねー。こりゃーめでたい」


 男の顔がみるみる赤くなっていく。


「話を最後まで聞けってんだ。経営経験なんてないから詐欺にあったり、友人に騙されたりで会社はあっと言う間に倒産。借金まみれのヤケ酒・・・」


 吾妻アナウンサーは大声を張り上げて、男の声をかき消す。


「はーい!ありがとうございました。いやいや、十億円ですか。次に行きましょう」


 彼は冷や汗をかきながらカメラクルーを引き連れて店を飛び出した。


「おっ、朝食セットにカツオのたたきを出しているお店が。豪勢だな。では皆さん、突撃します」


「いらっしゃいませ」


「このお店は、朝食にカツオのたたきを出すんですか!」


「ああ、新潟県の佐渡産の新鮮なカツオだぞ」


「へー、土佐じゃなくて新潟ですか?」


「地球温暖化でな、北の方でもカッオが採れるようになった」


「そうなんですか!温暖化も悪いコトばかりじゃないんですね」


 吾妻アナウンサーのニコニコ顔に、店主の顔が曇る。


「魚の生態が変わって、高級魚のブリはサッパリだって漁師が・・・」


 吾妻アナウンサーはまたまた声を張り上げて店主の声をかき消す。


「おっと残念。美味しそうなカツオですが・・・、時間がありません。次に行きましょう」


 局のスタッフは慌てて街頭に飛び出した。吾妻アナウンサーは大きなお腹をさすりながら歩く女性に、後ろから声を掛ける。


「突然ですが、あなたが最近、幸せだなーって感じたことはなんですか」


 振り向いた女性の顔を見て吾妻アナウンサーはギョッとして絶句する。


 キヨコ・・・。結婚前にキッパリと別れた女が・・・。


「もう直ぐ赤ちゃんが生まれるんですよ」


 声を掛けられた女性は吾妻アナウンサーに向かってにっこりとほほ笑んだ。


「でもね。この子の父親は別の女性と結婚してしまったんですよ。彼は優しい人だからきっとこの子を認知してくれるはず」


 吾妻アナウンサーは、目の前が真っ暗になって意識を失って倒れ込んだ。




・・・・・・



 病院のベッドで吾妻アナウンサーは目覚める。恰幅の良い髭の男が彼の顔を覗き込んでいる。


「うわっ、プロデューサー!あのー、番組は・・・」


 申し訳なくて言葉に詰まる。


「いゃー、吾妻くん。『幸せニュース』最高の視聴率だったよ」


「えっ、でも・・・」


「吾妻くん。庶民が幸せだと感じる瞬間ってどんな時か知っているか?」


「・・・」


「自分とは関係ない、赤の他人の不幸を目の当たりにした時なんだよ。あれに比べたら私は幸せだって思うんだよ」


「・・・」






おしまい。

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