大空を舞う都会の鳥になって

「みんな、集まってくれ!社長より直々に課題が下りた」


 うわー、また始まった。どうせ、こんな会議で結論など出るわけないのに。本当にアホ課長には困ったものだ。責任の押し付け合いをするつもりか。


 私の会社は都内でマンション開発をおこなっている。私は大卒の新卒採用で入社四年目、現在二十六歳の女性プランナー。入社当初は女性初のプランナー採用と言う事で、自分の思いを形にしようと張り切っていたが、期待は直ぐに裏切られた。


 どんなアイデアを出しても、結局、上役のネタを押し付けられることになる。失敗すれば担当の責任、成功すればネタを出した上役の功績。苦労を押し付けられるだけで良いことは何もない。


 あーもう。『会して議せず、議して決せず、決して行わず、行ってその責を取らず』とはよく言ったものだ。最初から社長のネタを言ってくれた方が余程効率的なんだけど。


「あのー、課長。社長は何がしたいと言っているのですか?」


「先ずは我々の意見を出し合い、自主性を高めていくことが大切だろ」


 その話は聞き飽きた。


「先ずはと言うからには、社長は既にアイデアをお持ちと言う事ですね」


 会議の席に座る実行部隊のスタッフ全員が頷いて、課長はタジタジ。嫌味を一つ貰って、仕事を押し付けられて会議は終わった。


 社長のネタは『自然と共存するマンションライフ』。アホくさ。今時、何処の会社でも同じようなコピーで売り出している。差別化の欠片もない。


 午前中を無駄にして昼休み。私は高層階にあるオフィスビルの窓から外を眺める。


 ピー、ヒョロロロロ・・・。


 二重ガラスの向こうで、一匹の鳶(とび)をみとめる。翼を広げて殆ど羽ばたくこともなく、上昇気流に乗って都会の空を悠々と旋回する姿を見つめる。


 気持ちよさそうだなー。都市という同じ空間に暮らしながら、あっちは自由気まま、こっちはブラック企業に囚われの身。もう逃げ出したい。そう思った瞬間だった。


 えっ!床がない。うっそ。落ちたら死んじゃうじゃん。


 眼下に雑居ビルの屋上が見える。が、落下していく感覚はない。風に押し上げられて凧のようにふわりと体が浮いている。そんな感じだ。


 私、もしかして鳶になったの?これは夢?思わず叫んだ。


 ピー、ヒョロロロロ・・・。


 なんてことだ。首を左右に振ると茶色の翼が見える。さっきまで窓から見ていてそれだ。やっぱり・・・。このリアルな感覚は夢じゃない。慌ててみたところで自分じゃ元に戻ることなんてできない。


 参ったなー。会社、クビになっちゃうかも・・・。ま、いっか。どうせブラックだし。あれっ。私、全然、困った気分じゃない。突然、鳥になったら普通は混乱するでしょ!なんでぇー。


 しばらく大空を旋回しながら考える。眼下には、あくせくとアリみたいに通りをうごめく人間たちの姿。満員電車から吐き出される人々の群れ。交通渋滞で鳴り響くクラクションの音。商店街や学校の喧騒。何処の誰のモノかわからない怒号。赤ちゃんの泣き声。


 私、けっこう人間嫌いかも。そう思った瞬間、何処からか漂ってくるパンの甘い香りがふわりと鼻孔をくすぐった。


 お腹が空いたかも・・・。


 鳶としての本能なのか、下を眺めると丸々と太ったドブネズミが、人目を避けて飲食店街を駆け巡る姿が目にとまる。一瞬、食欲が脳を刺激する。


 でも、あれに食らいつくのはちょっと・・・。女子としてのプライドが許さない。


 お腹が空くとやたらと都会で暮らす色々な生き物が目に付く。ネズミ、カエル、トカゲ、魚。こうして見ると、都市には公園や川って案外と多い。うわっ、タヌキ!いるんだ、こんな都会にも。


 おおっ。ハンバーガー!


 私は翼を折りたたんで急降下。公園のベンチでランチをとろうとしているサラリーマン風の男子のもとに向かう。手に持つハンバーガーの包みを両脚でガッチリ掴んで再び舞いあがる。


 何が起きたか理解できず、口を開けで驚く彼の顔が面白かった。ちょっと私好みのイケメンくん。ごめんね。お昼をいただいちゃって。ビルの屋上でハンバーガーをついばむ。美味しい。


 鳶はタカ目タカ科の猛禽類。カラスとケンカすることはあるが、鋭いくちばしと爪で簡単に撃退できる。都会では天敵無しの無敵生物だ。おまけに雑食で人間のグルメも楽しめる。


 なにこれ、パラダイスじゃん。人間が生物の頂点なんて嘘じゃね。どんな因果で鳥になったか知らないが、私は鳶の生活を満喫することにした。


 一週間ほどたったある日、私はいつものように気ままに大空を旋回している。あれっ。あの男子・・・。ハンバーガーを奪っちゃったイケメンくんだ。あの時と同じ公園の、同じベンチに座って私を見上げている。ベンチの端にハンバーガーの包みが一つ置かれている。彼の手にはもう一つのハンバーガーの包み。


 えっ!私にくれるの?思わず口にするが人間の言葉は出ない。出るのは鳶の鳴き声だけ。


 ピー、ヒョロロロロ・・・。


 私が鳴くと、彼は小さく頷いた。不意に人間だった時の心がよみがえって来て目頭が熱くなった気がする。が、鳶だから涙も出ない。


 そっか。そうだよね。


 私は彼の座るベンチに降り立ち、包みをくちばしで開いてハンバーガーをついばむ。驚いた顔を向けながら、彼はもう一つ手に持ったハンバーガーを食べ始めた。人間に戻りたい。


 ・・・・・・


「おい、キミ。寝落ちしてんじゃない。さっきの社長案件の担当はキミだからな。明日までにレポートをあげてくれ」


 気がつくと私は自分の机の上に突っ伏していた。顔を上げると見慣れたアホ課長の姿。窓の外には一匹の鳶が悠々と舞っている。私は窓際迄走り、そこから見える公園を見下ろす。いた!彼だ。


「課長!その件で調査に出かけてきます」


 私はカバンを持ってエレベーターに向かって駆け出した。






おしまい。

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