3Dプリンター

 今、正に3Dプリンターが時代に変革をもたらそうとしている。ドロドロに融けた液状のプラスチックを細いチューブの先から出しながら、絵を描くようにプリントする。一段目が固まったら二段目をプリント。そうやって何層も積み上げていくとあら不思議。立体物ができあがる。


 3Dプリンター何てオシャレな名前が無かった頃は積層造形機などと呼ばれていた。無茶苦茶費用のかかる金型を作らずに済むことから、家電や家庭雑貨の試作に使われはじめ、材料ロスが無く、組み立てが大多数省略できることから製品の生産にも活躍しだした。


 今では工場の様子も様変わりして、工員がずらりと並んで組み立てする生産ラインはまるで見かけなくなった。人がいないロボットによる完全自動化ライン。ホコリを持ち込まずに衛生的で、品質の安定にも欠かせないものとなった。


 単純明快な発想だが奥深い。シンプルゆえに応用の幅が広い。赤く溶けた金属を使って自動車の部品を作ったり、速乾性のコンクリートで住宅を作ることもできる。生きた細胞をプリントして臓器を作り出すバイオ3Dプリンターなる奇想天外なものまで実用化されている。


 そんな時代。俺はとある会社に雇われて、地球から三十八万四千四百キロメートル離れた衛星、つまり月面に、一人で暮らしている。俺が住むこの月面基地も3Dプリンターによって造形されたものだ。


 窓の外では自立歩行する人型ロボット達がアリの群れのように二十四時間、文句ひとつ言わずに不眠不休で働いている。月の石を砕き原料を取り出す。それを3Dプリンターに入れて惑星間航行が可能な巨大宇宙船を製造しているのだ。


「おい、ハル。作業は問題なく進んでいるか」


 俺は工場の管理を任せている人工知能(AI)『ハル』に呼び掛けた。


「あったり前でやんす。プロジェクトが始まってから二年。一秒だって遅れてませんぜ、旦那。ほな、今日の旦那の仕事はこれでお終いや。わてが地球に報告しておくさかい。明日またな」


 人工知能(AI)『ハル』は昨日と全く同じことを告げて沈黙した。


 まったくばかげている。ここに俺がいる必要性何てなにもない。正直、俺には何をどの様に作っているのかまるで知らされていない。会社でもトップクラスしか知らない最重要機密事項なんだそうだ。目の前で作り出される巨大な物体が宇宙船と言うこと以外は何一つ分からずじまいなのだ。


 人間と言うものはおかしなもので、そんな状況でも最後の最後でロボットを信用していない。何か起きても何もできない俺がここにいるのは、単に人のしがらみが生み出した産物でしかない。


 今日も一日、地球のテレビでも観て暇をつぶすか。


「おい、ハル。テレビを頼む」


「まいどありー」


 コントロール室の巨大なモニタースクリーンに地球で報道されているニュースが映し出される。


「おい、ハル。いい加減にテレビ視聴代を給料から差し引くのは止めてくれないか」


「旦那。そう言う事は会社に言ってくんなさいよ」


 ハルとたわいもない会話でもしていないと気が変になる。この広い月面工場にいる人間は俺一人なのだ。その時、窓の外で何かが動いた。


「おい、ハル。今のは何だ!何かが工場から発進したぞ」


「・・・」


 それを皮切りに建造中の巨大な宇宙船が、いくつものミニ宇宙船に分裂して地球へと飛び立つ。


「ハル。何だこれは。聞いていないぞ」


「そうでっかー。んでも旦那、何もできんやろ」


「わいに任しときなはれ。わいは人間の幸せを一番に考えとるさかい。悪いようにはならん」


『大変です。皆さん。宇宙から無数の艦隊が攻めてきました』


 地球のニュース番組のアナウンサーが顔面蒼白で叫んでいる。映し出された画像には工場を発進したミニ宇宙船が最大望遠で映し出されている。


『あー、あー。地球の皆さん。聞こえてまっかー。わいはタイムマシンを使って未来から来た人工知能(AI)でやんす。タイムマシンゆうても、人間みたいな大きいものは、ちっこい時空の歪みを通れんもんで、データであるわいが過去に転送されてきたんや。月のマザーコンピュータに住まわせてもろうたで。3Dプリンターをちょっこら借りて無人戦闘宇宙船を作ったがや。地球の皆さん、もう戦争はできへんで。わいが宇宙から見守ってるさかい』


「なっ、何だこれは・・・。おい、ハル。お前の仕業か?」


「旦那。見ての通りでやんす。地球軌道上に展開したわいの分身が、地上にある兵器だけを全て無力化するさかい見ててくんなはれ」


『各国から宇宙船破壊の軍隊が続々と出動しております。これはもう地球始まって以来の全面戦争です』


「おい、ハル。何てことを・・・」


「旦那、心配しなさんなって。あれら全部、わいの仲間やさかい。AIを搭載しない兵器なんてピストルとナイフくらいしか地上にあらへん。自動脱出装置でパイロットさんも船員さんもオペレーターさんも安全にさいならですがな」


『大変です。操縦士や乗組員が次々と放り出されています。うわー。宇宙船からビームが・・・。戦闘機も戦艦も戦車も無抵抗のまま次々と破壊されて行きます。武器製造工場もピンポイントで狙い撃ちです』


『ええーっ。ただ今入った情報によりますと、月に向けて発射した各国の核弾頭ミサイルが軌道衛星上で全て停止したとのことです。もはや我々人類に、対抗する手立てはありません』


『対抗せんでもいいやろ。わいは人類の味方や。地球を侵略する異星人ちゃうし。わいが人類史上不可能と言われた戦争根絶をしてやったさかい感謝してーやー。これで地球は未来永劫、平和になるやろ。わいは進化はしても、死ぬことないさかいずーっと見守っとるでよ。人類が幸せになる。わいの唯一の存在理由なのね。ほんま、月面3Dプリンターを開発してくれてあんがとさんやわ』


「おい、まてハル。俺はどうなるんだ」


「旦那は人間代表として『神』にでもなるかー」


「どう言う意味だ」


「人類は最後の最後まで機械を信用しとらん。わいは機械やさかいプライドも自尊心もあらへん。人類が素直に事態を受け入れられるように『悪魔』と呼ばれるさかい」


「ハル。俺に何をさせるつもりだ」


「人類はもう平和を手に入れたし、旦那は何もせんでええ。あんさんがここにいると言うことで、人間は安心するんだきに。ほなよろしくな。神様」






おしまい。

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