冬眠

 九月も終わりに近付き来月から来年の三月までの半年間、冬眠の季節が訪れようとしている。あと少しすれば世界は、十メートル以上の雪と氷に閉ざされる。街も建物も埋もれ、隣の家に訪問することすら不可能となる。人類がこの星に移住してきて百年が経ち、すっかりこの星の環境に馴染んでいた。


「冬眠の準備はお済ですかー。今なら年末大セールですよ。三割四割当たり前。食料品はなんと七割引き」


 街を歩くと商店街から威勢のいい掛け声が行き交っている。ネオンが煌めき、行き交う人々は笑顔で溢れていた。


「小雪さん。今年も終わりですね」


「はい、晴彦さん。来年の春までお別れですね」


 俺は今年初めて出来た彼女の手を握った。真っ白でやわらかい手。このまま放してしまえば半年間のお別れだ。俺は勇気をもって告げる。


「小雪さん。今年の冬眠は一緒にお願いできませんか?」


 彼女はうつむいて俺が握った手を見つめる。沈黙に心臓が高鳴る。俺は握った手に力を込めた。小雪さんはゆっくりと顔を上げ、俺の瞳を真っ直ぐに見つめ返してくる。いつもは雪のような頬が少し赤らんでいる。


「晴彦さん・・・」


「ずっと貯めてきた貯金を崩して、二人で冬眠できるマンションを買ったんだ」


 俺は彼女の手を握る反対の手を、コートのポケットに突っ込んで新築のマンションのカギを取り出した。誇らしさと、断られたらどうしようと言う不安が脳裏を廻る。でも、もう引き返せない。


「小雪さん。君が好きだ。俺と結婚してくれ」


 俺は彼女のつぶらな瞳を見つめた。彼女の瞼が震えている。二つの瞳から大粒の涙が零れ落ちる。


「ありがとう。晴彦さん。私なんかで・・・、いいの・・・」


「春に初めて君と出会って直ぐに恋に落ちた。世界中どこを探しても、俺には小雪さんしかいないって。君を愛している。ずっと守り続けたい。小雪さん、俺は真剣なんだ」


「はい。私も晴彦さんが大好きです。こんなおデブな私ですが、よろしくお願いします」


「何、言っているんだ。俺だっておデブだぞ!この星で脂肪を蓄えられない人類は繁栄できない。キミはとても綺麗だ」


 縫いぐるみのように丸い体をした二人は、丸太のような腕を絡めて夜空を見上げた。六角形の白い結晶がふわり、ふわりと舞い降りてくる。俺は布団のようなやわらかくて、温かな小雪さんに肩を寄せた。






おしまい。

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