未来の暗殺者

 西暦2083年。医療革命によって、病気で亡くなる人は零パーセントとなった。平均寿命は百十二歳まで伸びた。再生医療などが美容に応用されれ、容姿が若い頃と変わらないお年寄りが街に溢れている。


 おかげで人口増加が加速し、貧富の差が増大していた。現在のAIとロボテク技術があれば、全人類を労働から解放することもできる。が、人間と言うものは愚かなものだ。富を独占したがる。


 俺の名前はハル、職業はプロの暗殺者。依頼主からお金をもらい、ターゲットの命を奪う。もう何年もこの仕事をしているので、感情など遠い昔に失ってしまった。


「ユキ。今日の依頼は何人だ?」


 古くなって使われなくなった地下鉄の駅舎に作ったアジト。ハンドガンの手入れをしながらアシスタントに尋ねる。アシスタントのユキはネイルを磨くのを止めてPCを操作する。


「埼玉の女性政治家、神奈川の会社役員、フフッ、笑えるわね。最後は東京のいじめっ子の女子中学生。合わせて三人ね」


「そうか。所在地はつかんでいるな」


「スマホなしで行動できる人間なんていないわ」


「じぁあ、行くか」


 ニャン。


 ユキは答える代わりに一声鳴いて、テーブルから飛び降りた。黒い毛並みが天井照明を反射して美しく光る。そう、彼女は人格を持ってしまった猫型アンドロイドだ。AIの進化の過程で稀に彼女のような魂を持ったものが生まれてしまう。


 人間だって有機体で出来た複雑なロボットでしかない。それなのに彼女は認められることなく、政府の排除リストに載せられてしまった。俺なんかより、余程、魂の質は高いと言うのに。


 白いコートに身を包み、黒猫を抱きかかえて街を歩く。幸せそうな人々が行き交う大通りの影には、貧しさを背負った人々が暮らす。


 俺はクライアントも、ターゲットにも感心がない。そいつが世の中にとってどんな役割を果たしていようが関係ない。金持ちだろうが貧乏人だろうが。悪人も善人も、女も子供もない。


 世の中は、とっくに人工頭脳を持った機械によって支配されている。いなくなって困るような人間なんて存在しない。政治家だろうと会社のお偉方だろうと、未来有望な学生だろうと、代わりは幾らでもいるのだ。


 一人目の女性政治家を見つける。狙われていると言うのにのん気にショッピングか。命よりファッションが大事と見える。俺は暗殺者用に自分で作った特殊な丸レンズのサングラスを掛ける。無音声通話でアシスタントに語り掛ける。


『ユキ、聞こえるか。やつはサイボーグだ。頭骨は三島製のチタン合金だ』


 この時代、脳さえ生き残れば全身を再生することもできる。金と権力があればの話だが。ボディーガードがいないのも頷ける。体を破壊された瞬間に神経接続を絶って、苦痛からも逃れるつもりなのだろう。


『お生憎だな。ユキ、街中のセキュリティシステムにダミー信号を飛ばせ。長距離監視用のドローンには注意しろよ』


『ハル。いつでもOKよ』


『タイミングは任せた』


 俺は歩道を走り、彼女の頭に特殊貫通弾を撃ち込む。


 ポフッ。


 女性政治家の頭に、小さな穴が開いたのを横目で確認して走り去った。弾はチタン製の頭骨を貫通し、中で炸裂して脳を焼く。これで彼女の人生は幕を閉じた。


 二人目の会社役員にはちょっと手こずった。暗殺者クラスのボディカードが二人もいたからだ。幸い二人とも体をいじるのが趣味らしく、豪勢なパーツでサイボーグ化していた。


 彼らの注意を引くために胸に数発弾を貰った。その間にユキが彼らを引っかいて動きを止める。ユキの爪にはナノマシーンを仕込んだ毒が塗ってある。彼らは簡単に床に崩れた。


 命乞いするターゲットの頭を、女性政治家と同じように焼いて終わりだ。体を修理するお金は依頼料でなんとかなるだろう。


 三人目はちょっと違った。いじめっ子の女子中学生と言うのは依頼者の詭弁で、ターゲットはいじめられっ子の方だった。が、そんなことは関係ない。俺は仕事をこなすだけだ。


「ねえ、おじさん。大丈夫ですか。胸から血が出てますよ」


 いじめられっ子の女の子が心配そうに制服のポケットからハンカチを取り出した。滑稽だ。暗殺者に掛ける言葉じゃない。


「ああ、気にしないでくれ」


 俺はハンドガンを彼女の頭に当てがった。うっ。何だ?体が動かない。浮遊性のナノマシーンか!抜かった。


『ユキ、逃げろ。こいつは普通の人間じゃない』


 意識が遠のいて行く。


「可哀そうなロボット。あなたのテクニックはメモリーごと頂くわ」


 彼女の胸に黒猫が飛び乗った。






おしまい。

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