俺しかいない!

 朝、朝食の準備を終えて俺はテーブルについた。テレビの電源を入れる。いつもと変わらないニュース番組で時間を確認しながらトーストをかじる。


「?」


『昨夜、杉並区で強盗事件が発生しました。防犯カメラの映像をもとに無職、鈴木茂さん、五十三歳が容疑者として逮捕されました』


 画面には強盗現場の風景と『強盗犯!鈴木茂逮捕』の文字が大きく躍っている。


「くそっ!また同姓同名かよ。全く迷惑な話だ。また会社の仲間にからかわれるじゃないか」


 俺は悪態をついた。朝から気分が悪い。まったく同姓同名には困ったものだ。鈴木の姓が多いのだから親にはもう少し一般的じゃない名前を付けて欲しかったものだ。


 全国には鈴木茂がなんと約五千七百人もいるらしい。日本中に散らばる鈴木茂が、今、正さに俺と同じように憤慨していることだろう。


 警察車両が映し出され、カメラのフラッシュに顔をしかめる男が映る。なんだ、年取っているけど俺に似た顔をしているな。余計にからかわれそうだ。


『では、現場からの報告です。鈴木さーん。鈴木茂さーん。現場はどんな感じですか』


 何だよ!レポータも鈴木茂かよ。笑えるな。ほんと。


『こちら、現場となったマンション前の状況です』


「えっ?」


 俺はくわえていたトーストを口から落とした。俺、そっくりじゃん。てか、集まってきている野次馬、全員を知っている。年齢の違いはあるが全部、俺そっくりだ。


「何だこりゃ?」


『被害者は会社役員、鈴木茂さん、75歳。頸部を刃物で斬りつけられて現在、病院で手当てを受けております。命に別条はないもようです』


 マジかい。被害者も鈴木茂かよ。一体、どうなってんだ。


『鈴木茂さん。スタジオに戻します』


『はい、ありがとうございました。現場より鈴木茂のレポートでした』


 画面が切り替わる。嘘だろ!局のアナウンサーもコメンテイターもすべて俺、かつらをつけて女装しているが局アナも俺。出演者も全て俺だ。むさ苦しい顔した俺ばかり並んだ画面に気が変になりそうだ。


「何だこれ?意味わからんし、ややこしい」


 ご丁寧に置かれたネームプレートには全て鈴木茂の文字。一般人を騙すドッキリか?俺なんかを騙して何が楽しいやら。玄関を見つめて、看板を持ったお笑い芸人が現れるのを待つ。


 が、一向に現れる気配がない。チャンネルを変えてみる。国営放送の人気朝ドラ。新人女優の登竜門と呼ばれているあれだ。


「うほ!」


 俺はかじって飲み込むことを忘れていたトーストを吹き出してしまった。マジかよ。あの美人女優も俺かよ。酷い顔している。見られたもんじゃない。出演者全員が俺じゃんか。


 テレビは信用できん。俺はスマートフォンのニュースをめくる。


『鈴木茂総理、アメリカ大統領、鈴木茂と緊急対談!』


 あほか!日本ならともかく、アメリカ大統領も俺かよ。芸能人のスキャンダルも、新作映画の俳優もすべて俺。有り得ん。これはリアルな夢に違いない。


 俺はパジャマのまま、玄関のドアを開けて外に飛び出した。不審人物を見るような顔で俺を見つめる人、人、人。全部、俺だ。服装も髪形も年齢も異なっているがすべて俺、俺、俺。


 車を運転する俺、ベビーカーを押す俺、その中で泣く俺。コンビニエンスストアの店員も俺、客の女性も俺。雑誌の表紙も新聞の見出しもすべて俺。ビルの屋上に設置された巨大な立て看板でにっこり微笑む俺を見て、俺はその場に膝から崩れ落ちた。


「すべて、俺じゃないか・・・」


 力なくつぶやく。






 その頃、光り輝くオフィスの一室で・・・。


「すっ、すみません。田中実課長。下界のデータメンテナンスをしていたのですが、間違って全人類を、その、私のデータにしてしまって」


「とんでもないヘマをしてくれたな、鈴木茂君。キミは神様失格だ。さっそく、佐藤清部長に報告しよう。キミは首だ!鈴木茂君。だいたい社長と同姓同名なんてややこしいだろ」


「良いではないか。田中実課長」


「すっ、鈴木茂社長!いらっしゃったのですか」


「面白いことになったな。これで、鈴木茂が名実ともに世界で一番多い名前になったわい。田中実と競っているというのは、どうも気に入らんかったんじゃ。こんな世界も一つくらいあっても良いんじゃないか」






おしまい。

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