いつものやつをくれ!
「いつものやつをくれ!」
俺は昼飯だろうが夜の一杯だろうが、お店に入ったら必ずこう注文する。なじみの客だと思われた方が店のサービスもいいし、周りの客に対してもちょっと優越感が持てるからだ。
てことで、今日も同僚とお昼に出かけた。都心のオフィス街にはオシャレなお店が増えてきて、一々、来たことがあるかなんて覚えちゃいない。
お昼時で忙しいらしく、女性店員がお冷を持ってオーダーを取りにきた。せわしないのは気になるが、繁盛店ならいたしかたない。
「ご注文はお決まりですか」
同僚はメニューと睨めっこしながら、あれこれ思案顔だった。待たせるのも悪いと思ったのか決めきれぬ表情で告げた。
「私はえっと、このAランチで」
お店の日替わりランチを選ぶのは無難な選択といえる。失敗はしないが成功もしない。何故ならお店が儲かる工夫を各所にしているからだ。俺はテーブルに置かれたメニューを開くこともなく注文する。
「いつものやつをくれ!」
「すみません。私、このお店の入ったばっかりで・・・。いつものと言うのはどの料理ですか?」
「いつものは、いつものだ」
「そう言われましても・・・」
女性店員が困り果てて下を向く。しかたがないので俺は彼女に助け舟を出す。
「しょうがないな。今日はキミのお薦めが俺のいつものってことにしとくよ。安くて早くて美味しいものを頼むよ。忙しいのに悪かった」
最後に笑顔を添える。これで相手のサービスがぐっとあがる。なによりお店が売りたい訳ありランチなどとは違う、自分が知っている本当のお薦めを持ってくる。一見(いちげん)さんよりお得意さんを大切のするのはどこの世界も同じだ。
運ばれてきた料理をみて俺は言った。
「お、凄いな」
具の量も多いし、栄養のバランスも良い。何より作り置きの冷めきったランチと違ってできたてほやほやだ。
「これ、一般のお客さんに出していないお得意さん限定の裏メニューなんですよ。私も大好きで本当に美味しんです」
女性店員はお冷をグラスに足して、愛想笑いなんかじゃない笑顔を残して戻っていった。同僚は俺の料理を見て羨ましそうにしている。いい気分だ。
その頃厨房では・・・。
「ねえ、マスター、まかない料理が一人分なくなってます」
「いいんだ。これから、お得意さんになってくれるお客に出した」
「でも、あれ野菜のクズとか肉の端切れとかで・・・」
「グルメブームだか何だか知らないが、変な注文をしてくる奴が多くなった。味は確かだし、原価はタダ同然。それに・・・」
「美味しかったよ。また寄らせてもらおう」
俺は女性店員にお礼を述べる。同僚も今度は俺と同じものを頼むから、また来ようと言っている。俺は満足して店を出た。
再び厨房では・・・。
「おい、今の客の売り上げはレジに入れるなよ。俺のまかないの分だから」
マスターのポケットに彼の妻の知らない小遣いが溜まるのだった。
おしまい。
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