地球に残された人類

 西暦2131年、地球温暖化で世界は海に飲まれてしまった。人口爆発で、残されたわずかばかりの農地は過剰な生産を強いられて砂漠と化した。生存環境が急激に脅かされる中、人類は宇宙の開拓に乗り出した。

 

 生き残った人類の殆どが生存可能な惑星を求めて旅立った日、西暦は新暦へと変わった。月日は流れ、今、新暦183年。皮肉なことに地球は冷えてかつての緑を取り戻している。


 地球温暖化の原因は、人類が排出した温暖化ガスの影響よりも、単なる地球の周期がたまたまそうだったと言う事らしい。神様が地球から人類を追い出したかっただけなのだ。


 お金のある者、権力のある者、知恵のある者はみんな空へと旅立っていった。何ももたない残された人類は高度な文明を捨てて、ひっそりと心の豊かさを求めて暮らした。


 森は動物たちの楽園になり、海は魚たちの理想郷へと戻った。旅立った人々は地球に残る人々に、人類がしてきた過ちを繰り返さないように子孫を残せないようにしてしまった。


 人口は一気に減少して地球上の人類は絶滅するはずだった。しかし、生命の力は人知を超越している。稀に私のように子供が生まれてくる。そんな時代のお話です。


 雲一つない満天の夜空を彩る星々。あの星々の中にはきっと、まだ宇宙を旅している人類が沢山いる事だろう。私は星空を見上げて彼らの旅の成功を祈った。恨む気持ちは不思議となかった。


 ふと地上に目を降ろすと、銀色に輝く月光を背にしてたたずむ少年。押し寄せる潮騒と共に、彼の足元を漆黒の波がさらっていく。天と地を隔てる境界線。目を奪われるほど美しい幻想的な光景。凛と張り詰めた空気が世界を支配している。


 真冬だと言うのに寒くないのだろうか。泣いているの?それとも怒っているの?闇に隠れて彼の表情が見えない。風邪をひいたらつまらないだろうに。


 私は一人、立ち上る湯気の中から彼を見つめていた。硫黄の香りがふわりと漂ってくる。乳白色のお湯が私の肌を優しく包み込んでいる。岩肌を流れる水の音(ね)が、心地いい。


 人里から遠く離れた天然の露天風呂。誰もいない深夜の時間を狙って家を抜け出し、自転車のライトだけを頼りに訪れた秘湯。女の子が一人で来るような場所ではなかったが、この場所に魅せられて数回訪れていた。


 私は上半身を湯から出して、懐中電灯に手を伸ばす。冷たい風が肌を刺すのを我慢してスイッチを入れた。青白く輝く光の帯を夜空に向けて手を振る。


「ねえ、キミ!そんなところにいたら風邪を引いちゃうよ」


 彼の体がピクリと動いた。こちらを向いて歩き出す。私は何一つ身に着けていないと言うのに、不思議と恥かしさを感じなかった。私は湯の中にザブンと音をたてて体を沈めた。白濁したお湯が私の体を包み込み、姿を消し去ってくれる。


「もしかしてずっと見てたの?」


 頭の上から少年のやわらかい声が響いてきた。私はお湯から顔だけ出して彼を見上げる。なんて、きれいな顔なんだろう。長いまつ毛の下で揺れる大きな瞳に、心を吸い込まれてしまいそうだ。心臓がトクンと大きくなった。


「誰もいないと思ったから・・・」


「ごめん。一人湯の邪魔をしてしまったかな」


 彼は私を見て、ハッとしたような表情を浮かべると首をそむけた。


「ご、ごめん。見るつもりじゃなかったんだ」


 暗がりなのに、彼の顔が赤く染まってくいのが何となくわかった。同い年くらいかな。小さな村なのに見たことない顔だ。どことなく垢抜けていて、失われた都会の匂いを感じる。


「ずぶ濡れだよ。風邪をひく前にお湯につかりなよ」


「でも・・・」


「恥ずかしがることないよ。恥ずかしいのは女の子の私だし。ねっ、こっち向いてるから。脱衣場はあっち。そこの懐中電灯を使っていいよ」


 私は左手で胸を隠し、右手を湯から出して後ろを示した。心臓のドキドキが止まらない。


「・・・」


「早くしなさい!」


 つい大声を出してしまった。彼は何も言わず脱衣場に消えた。


 ガタンと音がした後、脱衣場からごそごそと音がする。パサッ、パサッ。衣類が床に落ちる音。しばらく静まり返る。


 チャプン。


 水面がゆっくりと引きあがって、岩の隙間から音をなして流れて行く。


「もういい?」


「えっ!」


「だから、首まで浸かった。振り向いていいの?」


「あっ、うん」


 月明かりに照らし出される彼の顔を見つめる。男の子だと言うのに、まるで妖精の様な整った顔立ち。赤ちゃんみたいなスベスベの肌。なんて綺麗なんだろう。ちょっとばかり嫉妬した。


「あったまるでしょ!」


「うん」


「あんなところで何してたの?」


「空を観てた」


「凍え死んじゃうわよ」


「それならそれでかまわないと思っていた」


「自殺するつもりだったの?」


「・・・」


「キミ、見かけない顔だよね。何処から来たの?」


 彼は何も言わず星空を指さした。


「キミだけ?」


 今度は海辺を指し示す。砂浜に見たことのない銀色の金属でできた小さな宇宙船らしきものが、月の明かりに照らされて突き刺さっている。


「脱出艇」


「帰って来たんだ。後の人達は?」


 彼は悲しそうな顔で夜空を見上げる。私もつられて空を見上げた。その瞬間、巨大な爆発が空を覆った。天空を幾筋もの星が流れる。


「だから死にたかったの?」


「わからない。そうなってもいいと思っただけ。でも、今はそうは思わない」


「どうして」


「キミが可愛いから」


 やわらかな笑顔を差し向けてくる。反則だ。顔が熱い。心臓が激しく鼓動している。






おしまい。

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