お疲れさまでした!

 私は私立青葉学園高校の二年生。真面目で臆病、恋より勉強、現実主義のメガネ女子だ。つい一月前までは・・・。


 そんな私が、生まれて初めて告白された。相手はサッカー部のキャプテン。スポーツ万能なのに勉強もトップクラス。その上、嫌味のない爽やかイケメン。


 学園中の女子はもとより、学校外にもファンクラブがあるようなスーパーモテ男子。到底、私なんかとはつり合いっこない。嫉妬する周りの女子の視線が怖い。


 最初は冗談かドッキリかと思ったけど彼は真剣だった。不釣り合いな恋に心をときめかせても長くは続かないと、固く閉ざした私の心を彼は一月かけてゆっくりと解してくれた。


 そしてついに事件が起きた。


「ねえ、あんた!杉森君の何なのよ」


「美鈴が日曜日にあんたと杉森君が図書館でデートしているところを見たって言っているわよ」


「メガネっ子のくせして、私たちの杉森君にちょっかい出してんじゃないわよ」


「そうよ。抜け駆けするなんて許さないんだから」


 私は放課後の教室で、彼のファンを名のる女の子達に取り囲まれた。


「ブスのくせして、何、色気出してんのよ」


「そうよ!田舎臭い髪形」


 その中の一人が私のおさげに束ねた髪を引っ張る。


「やめてください。そんなんじゃありません」


「制服のスカートを短くしちゃって・・・。太い足が丸見えじゃない。可愛いとでも思ってんの?勘違いにも程があるわ」


 私を睨みつける女の子は、私なんか足元にも及ばない美人さんだ。私はただオロオロするばかり。


「やめろ!俺の容子から離れろ!」


「杉森君!」


 教室の出入り口に彼が現れる。いつもは優しい笑顔の彼がいつになく険しい表情をしている。私を取り囲んでいる女子の中に分け入って私の手を取る。あったかい。


「容子!大丈夫か?お前ら!容子が俺の彼女だ」


 取り囲む女子を睨みつけてから、彼は私の瞳を覗き込んむ。大きな瞳、長いまつ毛。美男子が優しく微笑む。柑橘系の爽やかな香りに包まれて心が癒される。


「容子が彼女だという証拠を見せてやる。だからもう容子には近づくんじゃない」


 杉森君の真剣な顔が私の顔に近づいてくる。そっと二人の唇が触れ合う。幸せ過ぎて景色が涙で霞んで見える。もう隠すこともない。私が杉森君の正式な彼女なのだ。







『ハイ!カット』


 どこからともなく野太い声が響いてくる。ビジネススーツに身を包んだ女性が、杉森君にうがい薬の入ったコップと空のコップを差し出す。彼はそれを受け取って喉をゴロゴロさせてから空のコップに吐き出した。


「・・・」


 ガタガタと音を立てて教室が解体されていく。見たこともない大人たちが壁の裏や黒板の後ろから現れて忙しなく作業を始める。


「お疲れさまでした!」


「お疲れ!」


「じゃあね」


 先ほどまで険悪な表情を浮かべていた女子たちが、笑顔で私に挨拶して去っていく。


「・・・」


 何なのこれ?これまでの私の青春は何だったの?私は助けを求めて杉森君を見る。


「いやー。良い演技だったね。最高の視聴率が採れそうだ」


 杉森君は私の肩をポンと叩いた。


「演技?視聴率?」


 何のことかさっぱり分からない。私は私立青葉学園高校の二年生。真面目で臆病、恋より勉強、現実主義のメガネ女子だ。ほんの数秒前までは・・・。


「もう、何時までなり切っているんだい。お疲れさまでした!じぁあな」


 杉森君は怪訝そうな顔で私を見てから、爽やかに右手を上げて消えた。


 私はただ茫然と運び出されるセットを眺めている。机や椅子、ロッカー。窓ガラスやカーテン、フローリングの床迄も取り外される。後には何もない真っ白な空間だけが残った。


 誰もいない。何もない。あるのは私の中の十六年間の記憶だけ・・・。何なのよこれ!


 目の前に白い羽に包まれた杉森君が現れる。


「人生のヒロインを終えた気分はどう?」


「お願い!元の世界に戻して」


「無理だね。キミとの契約はもう終わりだから・・・」


「こんなのヤダ!私は杉森君と一緒に幸せな暮らしがしたい」


「欲張りだな、キミは。平凡な日常を生き、老いて死ぬなんてまっぴら。命と引き換えでも輝きたいと言ったのはキミじゃないか。神様達だってキミのドラマのエンディングには感動していたよ」


「・・・」


 杉森君は爽やかな笑顔を見せると、背中の大きな白い羽を広げる。その羽根で私を静かに包み込む。


「幸せな人しか天国には連れて行けないんだ」


 白い光に包まれて私の体は消えて行く。声だけが最後に残った。


『お疲れさまでした!』






おしまい。

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