ダイエット
「少しふっくらした健康的な子が好きなんだ。ゴメン」
高校卒業の春、初めて同級生に告白してふられた。その時の彼の一言が私を開放してしまった。
物心ついた時から私の両親はともに太っていた。だから私は太ることを何よりも恐れていた。小学校も、中学校も、高校も、食べ過ぎないように注意して暮らしてきた。食べることが生きがいの両親の下で、食事を制限しながら暮らすことは想像以上にきついものだった。
彼の言葉が私の中で眠っていた「食欲」という遺伝子を目覚めさせてしまった。
親元を離れ、都心の大学に通い出したのも災いした。街にはグルメ情報が氾濫し、私をダイエットへとかりたてていた両親の姿を目にすることがなくなった。食べる幸せを知った私の体は、日を増すごとに膨れ上がり、わずか一年で両親に追いついた。
ファッション誌をながめて、ブティックをともに巡っていた友達は去り、同じような体形の女子の集まりの中に身を置いた。彼女たちと強いきずなで結ばれるようになった私は、着ることのできなくなった洋服をクローゼットの奥にしまい込んでなかったことにした。
都会で一人暮らしをしていると、意味もなくさびしさにおそわれることがある。人並みに「彼氏が欲しい」と望むたびに、自分の体形とおさえられない食欲を呪った。
ある晩、せめて心だけでもいやしてくれる人が欲しくなって、スーマートフォンの出会い系アプリに登録してしまった。スリムだった一年前の写真を使って。
登録して10分もたたずに、交際の申し込みメールが殺到した。大学では誰一人として見向きもしないこの私に。世の中が不公平なのを太って思い知った。デブと美人ではまわりの扱いがまるで違う。太ったことで私はうわべだけの人間を見分ける目を養ったと思っていたが、それも間違いだった。
誰だって美しいものやカッコいいものは好きだし、デブや醜いものは嫌いだ。幸いにして太る前の写真はたっぷりあった。私はこれを使おうと心に決めた。
何通ものメールを読み、写真とプロフィールを確認した。お互いに会いたいといわないことを条件に、一人の男の子とメル友になった。私たちは毎日メールのやり取りをして暮らした。
親しくなるにつれてメールだけでは物足りなくなってSNSやチャットへと進展した。ネットワークの世界で、高校生の私はオシャレをしていつもほほ笑んでいた。
脂肪で膨れ上がった体をジャージに包んで、ポテトチップスを箸でつまみながらスマートフォンと向き合っている私の姿を知ったら彼はどう思うだろうか。
彼がかわいいとか、きれいとか褒めてくれるのに調子に乗って何枚も写真をはり付けたのがいけなかった。あれほどあった写真の在庫が切れ始めていた。高校三年生から二年生、そしてとうとう一年生の写真を使うようになってしまった。
ある晩、彼が「若返りの魔法でも見つけたの?」とふざけて書き込んできた。そろそろ真剣にダイエットしなくてはと思い始めていた時だった。スマートフォンに一通のメールが送られてきた。
『あなたの憧れの芸能人やファッションモデルはどんな秘密のダイエットをしているか知っていますか。
答えはダイエットなんてしてません。
世の中に痩せている人はたくさんいますが、実は彼女たちはダイエットなんてこれっぽっちもしていないのです。
食べたいものを好きなだけ食べても太らない体質なのです。
あなたが太っているとするなら、それはあなたのせいではありません。
意志が弱いとか、運動嫌いとかは関係ないのです。
重要なのは体質を変えることです』
残りの写真が切れて、彼とチャットができなくなるのは時間の問題だった。私はこのダイエットにすがることにして、チャットに打ち込んだ。
「もう少ししたら夏ですね。夏になったら一緒に海にいきませんか」
「そうですね。夏になったら一緒に海にいきましょう」
チャットの向こう側で男の子がこう打ち込んだ。男の子は目の前の鏡をみつめた。チャットにはった写真と同じくなかなかハンサムだった。
男の子は最近流行のニットの帽子を外した。耳の両脇と後頭部を除いてきれいにはげ上がっている。
男の子のスマートフォンにはこんなメールが届いていた。
『あなたの憧れの芸能人やメンズモデルはどんな秘密でフサフサの髪をキープしているか知っていますか。
答えはなにもしてません。
世の中に髪がフサフサの人はたくさんいますが、実は彼らは髪に良いことなんてこれっぽっちもしていないのです。
脂っぽいものを好きなだけ食べても、紫外線にジャンジャンあたっても薄毛にならない体質なのです。
あなたが薄毛で悩んでいるとするなら、それはあなたのせいではありません。
意志が弱いとか、シャンプーがヘタとかは関係ないのです。
重要なのは体質を変えることです』
おしまい。
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