人生をやり直したいと言ったら神様がOKをくれました。
「俺たち、最初につき合ってからもう4年になるな。色々あったけど楽しかったよな」
26歳の誕生日をむかえる日の朝、ベッドの上で彼が切り出した。私の心は、とうとうこの日がきたかとときめいた。彼の言う『色々』のほどんどが彼の浮気で、私たちはくっついたり離れたりしながら過ごした。そして最後に私のところに戻ってきた。
「うん」
私は勝った。私はコクンと小さくうなづいて、満足しながら彼の次の言葉をうながした。彼は、私より三つ年下で23歳、182cmの長身。細マッチョな体形にきれいな顔をしていた。だから他の女の子から誘惑されるのはしかたなかった。もてないブサメンより、もてるイケメンが私は好きだった。
「俺、結婚しようと思うんだ」
キターーーーーー。ついにきた。待ちに待った言葉だった。
「会社の専務の娘と」
「えっ?」
私の口からは戸惑いの言葉が出た。事態がのみ込めない。徐々に怒りが高まっていく。
「ふざけないで。四年も待たしておいて」
私は彼をベッドから突き飛ばしてホテルを出た。
一人住まいのアパートに帰って、彼からもらったプレゼントの全てを捨てた。部屋に残された彼の歯ブラシもコップもスリッパも枕も。彼の臭いがするもの、全てを探し出してゴミ袋に突っ込んだ。それでも怒りが収まらない。ポケットからスマホを取り出して玄関に叩きつけた。ガラスが砕け散り、中のものがあたりに飛び散る。四年間の思い出の写真とメールやチャットのデータと共に。
そして泣いた。
気がつくと窓から夕陽が差し込んでいた。起き上がって鏡を見る。日々、潤いを失っていく肌と、少しずつ衰えていくフェイスライン。26歳。私にはもう後がなかった。毎日を無駄に過ごしてきたことを悔いた。私は不眠症で医者から処方してもらっていた睡眠薬を全て口に放り込んで、一気に飲みこんだ。
白い光に包まれた世界で私は目覚めた。白いスーツに身を包んだイケメンの神様が私の前に立っている。彼は白い手帳のようなものをめくって言った。
「困ったな。予定外だ」
「私、天国には行けないの」
「うーん。キミ、もう一度、生き返ってくれないかな」
「嫌です。絶対に」
「そう言われても」
「過去に戻って無駄に過ごした人生、毎日をやり直せるならいいですよ」
私は神様に条件を突きつけた。
「OK。わかった」
神様は笑顔ですんなりと承諾した。
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スマホの目覚ましで私は目覚めた。
「ん?」
スマホが元通りになっている。私はスマホで日付を確認した。誕生日の前日だった。
ポロリン。
タイミングよく彼からのメールが届く。
「おはよう。今日のデート、楽しみだね。夜景の見えるホテルをとったから」
なにが夜景の見えるホテルだ。今日一日の食事代もホテル代も、私にはらわせるくせに。
私は彼への復讐を開始した。デートの約束をすっぽかし、彼の会社の専務をネットで調べ上げる。程なくして娘の名前が見つかる。彼女のSNSを検索した。イケメンの彼と笑顔で婚約指輪を見せつける彼女の写真がはられていた。
私はスマホの中から、彼といちゃついている写真を選んで、彼女のSNSに送りつけた。彼に向けた罵詈雑言を添えて。
「ざまあみろ!」
私は人生ではじめて汚い言葉をはいた。スッキリした。
その晩、私は赤ワインを一本開けて眠りについた。
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スマホの目覚ましで私は目覚めた。
「ん?」
スマホの日付は誕生日の二日前を示していた。どうやら私の時間は一日ずつ過去に戻っているようだった。
私は服を着替えて競馬場へ向かった。今日は彼が競馬で大負けをした日だった。何度も愚痴られて、すっかりその日のレースの勝馬を記憶してしまっていた。
コツコツと地道に貯めた貯金を全ておろして馬券を買った。そして勝ちまくった。なんと1000万円。はじめて見る大金だ。私は友達を呼び出し、宝くじが当たったと嘘をついた。足を踏み入れることさえ恐ろしかった銀座の高級ブティックでドレスを買い、六本木で豪遊した。アイドル顔負けのイケメン達が次から次と言い寄ってくる。26年も生きてきて、知らなかったきらびやかな世界がそこにあった。
こうして私は毎日を過去に向かってやり直した。ネットで競馬の結果を探すのは簡単だ。競馬のある日は大豪遊の日になった。もう仕事なんて意味がなかった。
一日、一日と私は若返っていく。積極的に毎日を楽しんだ。しかし、問題がないわけではなかった。イケメンを捕まえてデートの約束をしても、私には明日はこなかった。一日前に戻った私は、また一からのやり直しだった。
そんな生活も一月もすれば慣れてくる。年を取る心配もないし、貯金だってそこそこある。どんなに食べても太ることが無い。お金を使い切っても翌日にはリセットされる。明日、何が起きるかわからないと言う漠然とした不安から解放された。ただ、新しい彼氏と友達は作っても翌日には他人になっているのでむなしいだけだった。
こうして私の人生は高校生までさかのぼった。当時は真面目で恥ずかしがり屋だった私の精神は無敵の三十代半ばをむかえていた。鏡に向かえば、化粧なんて無用の赤ちゃんのようなすべすべした肌と黒く艶々した髪。シミ一つない可愛らしい女の子がそこにいた。私は当時、好きだった子に告白して、その日のうちにデートを楽しんだ。
スマホが消え、SNSが消え、使えるお金が減ったが不便を感じることはなかった。贅沢三昧の暮らしはもう十分だった。高級な食事がそれほど美味しいものではないことを学んでいた。この頃になると、私を取り巻くあたたかい家族と無邪気な友達とのふざけ合いが一番の幸せだと感じるようになっていた。
日記を取り出して前日の失敗を思い出しては、一日、一日を楽しいものに変えることが生きがいになった。学校の勉強は日に、日に簡単になっていく。家事は全て親がやってくれる。私は毎日を好き勝手して暮らせた。
冬休み、夏休み、春休みと楽しい時間はあっという間に過ぎていく。気がつけばもう小学生だった。
「ん?」
「私、この先、何年生きられるのだろうか」
おしまい。
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