ゲームの世界が現実で、現実がゲームだとしたら。

「よし。今日こそ魔王討伐に出発するぞ」


 勇者は聖剣を手に取ってパーティに告げた。


「ちょっと待ってください」


「どうした。賢者」


「今、良いところなんですよねー。もう少しで『社長』になれそうなんです」


 賢者は最近人気のアイテム、スマートフォンを勇者に見せた。そこには3DCGで描かれた賢者のアバターが表示されていた。賢者は取締役会で熱弁をふるっている。テーブルの立て札に常務と記されている。


「よし、いいぞ。専務の裏をかいた。くー、監査役め!専務側に寝返ったか・・・。こうなったら最後の切り札、会長の御子息を・・・」


 賢者は意味不明な単語を連発して、スマートフォンの操作に熱中している。


「あのー。私ももうちょっとなんですよね」


「そうなのか?姫様」


「うわっ!やった。超レアガチャ出たー。無敵イケメン先輩だって。カッコイイわー。痺れちゃうー」


 スマートフォンの中で、ひょろりとした痩せ男がカラオケで歌って踊っていた。あんな筋肉ゼロ、戦闘力ゼロ男のどこがいいのだろう。勇者は発達した胸筋をピクピクさせながら嫉妬した。


「俺も、もうすぐ一仕事クリアなんだよねー」


「黒魔導士!お前もか?」


「勇者様、見てください!残業150時間突破。チョーブラック企業です。でたー。無理難題課長・・・。なにが働き方改革だ。手に持つ書類の束を置いていく気だな!くっそー」


 よく見ると無理難題課長の顔は勇者にそっくりだった。白魔導士も武術家もスマートフォンの『今時人生ゲーム20XX年』に夢中になっている。勇者のパーティ全員が、宿屋のテーブルから動こうとしない。


「キミたち!いい加減にしないか。昨日も、一昨日も、そう言って宿屋から一歩も外に出ていないじゃないか」


 勇者はテーブルをガツンと叩いた。


・・・・・・


 その頃、魔王城では。


「勇者の一行はまだ来んのか」


「はっ。魔王様、きっとビビッて逃げ出したのでしょう」


「退屈じゃのー。・・・。あっ。忘れていた。こんな時の為に買ったワシのスマートフォン」


 魔王はポケットからスマートフォンを取り出して『今時人生ゲーム20XX年』アプリのアイコンをタップした。


「勇者襲撃の情報を聞きつけて、すっかり放置プレーになっておったわい」


 部下たちは魔王のスマートフォンを恐るおそるのぞき込む。


「さすが魔王様、放置プレーで大統領就任ですか!」


「ぐははは!核爆弾発射ボタンを押して世界を滅亡に導くのじゃー」


 今日も異世界の夜は平和にふけていくのであった。その頃、現代の世界では・・・。






おしまい。

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