レベル1の村人ですが家事魔法で無双します。

「魔王様。勇者たちも王都騎士団もすべて殲滅して、この世界は魔王様の意のままでございます」


 王都の中央に建てられた王宮神殿。贅の限りを尽くした王座の間に魔王は立っていた。ゆっくりと眼下の街を眺める。市民は魔王軍に制圧されて、奴隷や食糧、慰み者にするために広場に集められている。抗うものは一人残らず殺されてしまっていた。


「ところで、まだ抵抗している人間どもがいると聞いたぞ!」


 魔王の一言に側近たちは震えた。


「東方の辺境にある痩せた大地のロキ村の事ですな」


「村民約二百人全員がレベル1の戦力外の者達です」


「貧しすぎて奪うものが何一つありませぬ」


「交通も不便で遠征するだけ無駄と言うものです」


「全くです。あんな辺境の村一つくらい捨ておきましょう」


 取り巻きたちは口々にロキ村討伐の不要性を口々に訴えた。


「愚か者め!わしは知っておるのじゃぞ。ロキ村に派遣した魔王軍千名が壊滅したことをな」


 魔王の怒号が、王座の間の石壁と空気を震わせる。


「戦いの準備をしろ!わしが直々に出向いてやるわ」


 こうしてレベル1の村人約二百人対して、S級、A級の魔王親衛隊を含めた魔物たち五千名が、魔王の元に集い、進軍を開始した。


 その頃、ロキ村では。


「長老、見た目はグロいですが、食ってみたら魔物たちも意外にいけるものですな」


「ドラゴンの肉など極上ですぞ」


「いやいや、私はスライムプリンが最高かと」


「何を言う。牛魔に敵うものはない。口の中でとろける何とも言い難い感触。うっとりしてくる」


「まあまあ、皆の衆。言い争うでない。このようなやせた土地に、食糧が向こうからやってきてくれるなんて、神様のお慈悲に違いない。しっかりと魔族狩りにいそしむのじゃぞ」


 長老の一言でみんな納得する。


「おらじゃあ、時間なんで子供を連れて見張りにいってくらあ」


「ゴンゾウ、任せたぞ」


「がってんだ」


 ゴンゾウと呼ばれた痩せてひょろりとした男は自宅に戻る。赤ん坊を抱く妻と、今年、五歳になった男の子を連れてピクニック気分で見張り台へと向かった。


「カンジ、交代の時間だ」


「ゴンゾウか。後は任せた」


 カンジと呼ばれた男は笑顔で去っていった。家族全員で見張り台に登る。村の外には先日襲ってきた千名もの魔物たちの亡骸が、堆く積まれていた。


「これは当分食い物に困らんべよ」


「んじゃのー。この子もすくすく育ってくれるけろ」


 ゴンゾウ夫婦は笑顔で見つめ合った。妻を見つめるゴンゾウは、視界の端に進軍する魔王軍を捉えた。土煙を巻き上げながら村全体を取り囲むように近付いてくる数千名の大軍勢だ。


 ゴンゾウは鐘を鳴らして叫んだ。


「村の衆!大変だ。魔王軍の群れが来たぞ。こいつは大漁に間違いなしだっぺよ。女、子供も総出で狩りをするぞ」


 ゴンゾウは嬉々として走り出す。赤ん坊を抱えた妻と子供もそれに続き、村人約二百人が集結する。右手にホウキ、左手に塵取りを持っている。村人たちは迫りくる魔物たちを尻目に、せっせと掃除を始めた。


 堆く積まれた魔物の死体と村人たちの珍妙な振る舞いに、魔王軍は足を止める。


「何をしておるのじゃ」


「魔王様!掃除のようにみえますが」


「敵わないとみて、死ぬ前に居場所を清めようとでも考えているのでしょう」


 その間に砂や砂利を掃き集める村人たち。


「よし、そろそろやるっぺか!」


 ゴンゾウの掛け声で、村人たちが自分の塵取りに向かって一斉に呪文を唱えた。


『ゴミ、ナイナイ』


「うぐっ。頭が痛い」


 魔賢者たちは頭を抱えて地べたに這いつくばった。


「体が動かせない」


 魔剣士たちの手から剣と盾がポロリと落ちる。


「声が出せずに魔法が唱えられない」


 魔導士たちが顔を引きつらせた。魔王は思わず声をもらした。


「レベル1の家事魔法?どうなっているのだ」


「魔族たちの心臓と脳の中に砂と砂利を捨てたのさ!たちまち脳梗塞と心筋梗塞になるんじゃ」


「レベル99の極大火炎魔法や瞬殺剣法なんかよりよっぽど役に立つわい。何しろお肉が傷つかんしのう」


「そんなもの回復魔法で・・・」


 魔王は辺りを見回すが、魔導士達は脳梗塞の後遺症『言語障害』で口がうまく回らず呪文の朗詠ができない。


 魔賢者どもはさらにひどい。脳梗塞の後遺症『認知障害』と『記憶障害』でおバカさん成り下がり使い物にならない。


 魔剣士たちは心筋梗塞による『心臓障害』でもはや虫の息。下位の魔物たちも似たよったり。魔王軍五千名が地べたに這いつくばる姿は正に地獄絵図そのものだった。


「許さん。許さんぞー!」


 魔王は顔を真っ赤にして怒り狂った。


「あーあー。そんなに興奮すると、血の巡りがよくなって、どんどん血管がつまるだろうに」


 ゴンゾウは赤ん坊の手を取って一言付け足した。


「おこっちゃダメでちゅ」






おしまい。

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