宇宙旅行
俺には夢がある。それは宇宙へ行ってみたいと言うものだ。その夢の為に、俺は寝る間も惜しんで必死に働いた。そのかいがあって、若くして社長にまで登り詰め、まとまった金を手に入れた。
地位も名誉も必要ない。俺は潔く社長の椅子を明け渡して会社を去り、民間宇宙旅行会社の扉を叩いた。
「星村様ですね。お待ちしておりました」
「ああ。この金は宇宙旅行と言う夢を追いかけた結果だ」
「お預かりします」
「楽しみだな」
「ところで、今でも宇宙旅行は大変なリスクをともないます。一度事故が起きれば誰も助けに向かうことが出来ません。それは即ち死を意味します。よろしいですか」
「勿論だとも。その為に俺は生きてきたのだから。今更怖気づいたりはしない」
「そうですか。それを聞いて安心です。では、こちらの契約書にサインをお願いします」
「わかった」
俺は迷うことなく一気にサインを書き終えた。
・・・・・・・
いよいよ出発の時が来た。長年の夢が現実のものとなる。意気揚々と宇宙船に乗り込む。期待に胸が高鳴る。発射のカウントダウンが心を震わせる。激しい振動、耳をつんざく爆音。胸を押しつぶさんばかりの加速に耐えて、俺の乗った宇宙船は大気圏を離脱した。
雑音の一切ない静寂の空間が俺を待っていた。ボールペンがクルクルと空中で回転している。無重力だ!
「成功だ」
「わおー!やりましたね。おめでとうございます」
管制塔の興奮をバックにオペレーターが告げる。
「ああ、みなのおかげだ」
俺は宇宙船の最新型、360度全天周囲モニターのスイッチを入れた。漆黒の闇に浮かぶ青い地球。弧を描く地平線。富士山が見えてきた。美しい。感動で涙が止まらない。涙が丸い滴となって空中に踊っている。
とうとう来たのだ。俺は民間初の宇宙旅行者となったのだ。俺は初めて電車に乗った子供のように景色に見惚れた。
・・・・・・・
「どうだ。お客の様子は?」
「はい。首を左右に振りながら景色を眺めております」
「気付かれていないんだな」
「勿論ですとも。360度全天周囲ハイパービジョンの映像は完璧です。何より地中深くまで穴を掘った自由落下型無重力装置は傑作です。これならマスコミも気付きません。宇宙旅行が地底探検旅行だなんて、思いもよらない事でしょう」
「しかし、まあ。シミュレーションとも知らずに、あれほどまでの大金を払うのだから・・・」
「事故のリスクなしで宇宙旅行を体験できるのだから本人の為でもあります。実際の宇宙船だって、肉眼で外を眺められるわけではありませんから。宇宙空間の有害な紫外線や宇宙線、凄まじい温度の変化など。外を見ようと思ったら、有害なものを除去するフィルターを何枚も重ねた小さな丸窓が精一杯です」
「そうだな。SF映画などで目の肥えたユーザーが満足できるとは到底思えんからな」
「そうですとも。無重力だって再現できているし、ユーザーにとっては、あそこが宇宙そのものなんですよ。宇宙旅行に行けるほどの有能な人材の命を守っているのだから誉めて欲しいくらいです」
おしまい。
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