音痴が治るマイク

 私、伊藤美鈴は生まれながらの音痴です。小さい時からずっと悩んでいます。音程もリズムも、ズレまくっているらしいです。


 気持ちよく歌っているのに、いつも周りからバカにされます。自分じゃ分からないところが欠点なのです。お歌の先生もピアノの先生もさじを投げた問題児でした。


 カラオケなんて、いったい誰が発明したのでしょう。そいつを呪い殺してやりたいです。


 中学の時も、高校の時も、社会人になっても新しい友達ができる度にカラオケに連れていかれます。


 音痴がカラオケに連れていかれるのは、無実の罪で死刑台に引き立てられる罪人と同じです。この気持ちは全世界の音痴に共通の悩みに違いありません。


 ある大学の調査では、人口の約四パーセントが音痴とのことです。世界人口、七十億人として二億八千万人が音痴と言うことになります。


 日本でも約五百万人、東京都民の半分くらいが音痴として全国に散らばっているのです。


 大変な数です。さらに研究によれば、この音痴は遺伝によるところが大きく、治らないのだそうです。特に女性に多い症状と言われています。


 また、残念なことに日本のカラオケ人口は約四千七百万人。四割がカラオケ好きとなったら、カラオケに連れていかれるのは必然なのです。


 音痴を治すのが不可能なら、音痴を治すマイクを作ればいい。大学を卒業して私はIT企業に就職しました。


 ボーカロイドの機能をスマホに突っ込み、イントロで曲を特定する機能をアプリに加えました。


 最初に自分の声を登録するだけで声紋を分析し、カラオケに入力した楽曲をイントロから瞬時に検索して、私の声で歌ってくれるアプリを開発しました。


 後はマイマイクに通信機能を仕込んで、曲に合わせて口をパクパクするだけなんです。簡単ですよね。よほど注意深く見られなければバレることもありません。


 おかげで、今ではカラオケの女王って呼ばれるようになりました。ふふっ。今日は新人の歓迎会。今年の新入社員はイケメン男子がいっぱいなんです。飲み会の後が楽しみです。


 ほろ酔い気分で、カラオケにレッツゴーなのです!


「すごい!美鈴先輩。POPから演歌までカラオケの採点機能が全て満点です。プロの歌手だって難しいと言われているのに」


「美鈴先輩、感動で涙がでました」


「絶対にプロになるべきですよ。こんな才能を活かさないなんてもったいないです」


 絶賛するイケメン新入社員に囲まれ、ほんの少し酔いも回って気分はノリノリです。音痴じゃないって本当に素敵。私は調子に乗って、求められるままに歌いまくりました。


「美鈴先輩!なんで僕のパートを歌うんですか?」


 大変です!デュエット曲のどちらのパートを歌うかはスマホで選択するんでした。私、ちょっと酔っているかも。もう曲は始まっています。今更設定しても間に合いません。


 私は思わず口をつぐんでしまいました。それでも、私の歌声はカラオケルームに鳴り響いています!


「すっげー!美鈴先輩。腹話術でも歌えるんですね」


「当然よ。私は天才なんだから」


 私の歌声が流れる中で答えてしまいました。もう、無茶苦茶ですが、言い張るしかないですよね。


 だって、周りはイケメン男子ばっかりですよ。お持ち帰りされるかも知れないじゃない。






おしまい。

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