夢のような暮らし
「おめでとう!君は神のご加護を授かることになった」
ある晩、僕の枕もとに神様が立った。どうして俺が選ばれたのだろうか?特に善行を行った記憶もなく、信心深いわけでもない。もしかして人違い?いやいや、ここでそれを指摘して、はいそうでしたではもったいない。ここは一つ、素直に喜ぶふりをしよう。
「ずごい!嬉しいです。で、どんなご加護を授かることができるのですか」
「望みを述べよ!どんな願いもかなえてやろう」
うおっ!まじかい。何でも良いわけ?っても、急にそんなことを言われても。あせって、つまらいない望みを言ってしまって後になって後悔もしたくない。ここは慎重に考えるべきだ。どうしたものか。
「分かっておる。今晩とは言わんぞ。明日の晩、また枕もとに立つので、それまでに望みを具体的に考えておくのじゃ。分かったな」
「さすが、神様。俺の気持ちをお見通しとは。ありがとうございます。よろしくお願いします」
「あい分かった」
そう言い残して神様は消えた。なんてことだ!仕事になんて行っている場合じゃない。翌朝、目覚めた俺は会社をずる休みして神様にお願いする望みを取りまとめた。夢の中でメモは見られないので、リストを作ってしっかりと頭に叩き込む。そして再び夜が訪れた。
「待たせたな。さあ、お前の望みを言うが良い」
「はい、では。まず最初に、六本木タワーの最上階の超高級マンションを一つ」
「『まず』とな?望みはいくつもあるのか。うーむ、一つとは言っておらんしな。他の人間どもの頼みが、いつも一つだからついついそう思ってしまった。これは失礼した。よろしい。六本木タワーだな。で、次は」
うひょー!神様、太っ腹。もしやと思ってリストを作っておいて良かったー。だってそうでしょ!一つ限定って神様は言っていないんだから。うほっ。
「二つ目は憧れの高級外車、ホラーリ505。色はもちろん赤でお願いします」
「よしよし、ホラーリ505の赤だな」
こうして俺は神様に次々とお願いをした。一流ブランドの家具や調度品、時計やバッグからスーツ。末はパジャマやトイレットペーパーまで事細かく俺好みのものを頼んだ。勿論、俺の銀行口座に一千億円の現ナマは忘れない。単純に毎年、十億円使っても百年間は暮らしていける金額だ。どう転んでも不足は無いだろう。
「それで最後か」
「いいえ。せっかく財産を手に入れたのに、明日、死んだのではたまりません。百歳まで寿命をまっとうできる体をお願いします」
「なるほど。意外に賢いな。分かった」
「それと」
「まだあるのか」
「はい。資産と時間があっても楽しくなければ意味のない人生になってしまいます。憧れのアイドル、ミュウミュウを俺の彼女にしてください」
「・・・。分かった。それで良いのだな」
こうして俺は六本木タワーの最上階、超高級マンションの一室で目覚めることとなった。下界を蟻粒のように行き交う人々を見下ろす。それだけでも自分が立派な人間になったような気がしてくるから不思議なものだ。金持ちが高いところを好む気持ちが良く分かった。
用意された高級ブランドの衣装を身に纏って、手に入れたばかりのホラーリ505に飛び乗った。途中でアイドルのミュウミュウを助手席に座らせ、会社へと向かった。もちろん、とっくに出社時間は過ぎている。
会社の玄関先に車を止めて、営業活動に向かおうとする同僚や先輩たちにホラーリ505とミュウミュウの姿を見せつける。
「まっ、マジかよ!鈴木が・・・」
「嘘だろー。鈴木のやつ、どうしちゃったの」
「これ夢だよな。ありえん」
ざまあみろ!貧乏人ども。よくも今まで俺様をコケにしてくれたな。お前らともこれでおさらばだ。目を大きくして口をあんぐりと開けているアホ顔に向かって一言。
「あっ、俺。今日限り、会社辞めるんで。んじゃ!」
振り向くことなく、エントランスを颯爽と歩く。やってみたかったんだよなー。このシーン!まさか本当にやれるとは思わなかった。うへへへ。エレベーターで自分の部署まで行く。
「鈴木!無断欠勤の次は遅刻か。ノルマもこなせないのに!大概にしないとクビにするぞ」
「あっ、そうですか。部長!純金の退職届です。ずいぶんお世話になりました」
くっ。本当はどれ程お世話したことか。俺は神様に用意してもらった純金の退職届でハゲ部長の頬をひっぱたいた。ざまあみろ!こうして俺は会社を去った。最高の気分だ。
毎日が日曜日。夢のような暮らしが始まった。高級レストランに出入りし、エグゼクティブが集うバーでお酒をたしなむ。投資話や儲け話には一切耳を貸さず、ブラックカードを使って純粋に消費を満喫して暮らした。
ミュウミュウは最高の彼女だ。美人なのはもちろん、明るく、その上、気が利く。俺が選んだアイドルだけのことはある。誰もが羨む生活に何の不満もなかった。最高だぜ俺!
・・・・・・・・・・
こうして三十年の月日があっと言う間に流れた。俺ももう五十歳を超えている。最愛のミュウミュウが病院のベッドに横たわっている。
「あなたと一緒にいられて幸せだったわ」
「ああ、俺もだ」
「人生、ちょっぴり短めだったけど。贅の限りを尽くした暮らしができたので悔いはないわ。美味しいものも食べ尽くしたし、旅行も行き尽くした。欲しいものは何でも買ってもらったし、エステにも行かせてもらった」
「・・・」
「でも、一番はあなたと一緒に過ごせたこと。あなたがいなかったら、きっと美味しいものも旅行も楽しさは半減していた。流行の服を求めたのもエステに通ったのもあなたの前では綺麗な人でい続けたかったから。我儘ばっかり言ってごめんなさい」
「ばかを言うなよ。これからだぞ。まだまだ五百億円は残っている。そうだ、病気が治ったら豪華客船のスイートを取って世界一周旅行に行こう。うん、それがいい」
「ごめんなさい。それは無理そう。お別れね」
ミュウミュウの心臓はその言葉を最後に静止した。彼女が息を引き取った夜、俺の枕もとに神様が立った。
「どうだ。夢のような暮らしは?」
「神様ー。残りの五百億円でミュウミュウを生き返らせて下さい!」
「それはできんな。望みを叶えるのは一晩限りだ。残念だが財産も寿命もタップリあるじゃないか。残りの人生、一人で楽しく暮らすんだな」
おしまい。
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