魔王ってこんなもん?

 僕の名前は山賀俊太(やまが しゅんた)。勉強も運動も中の下、顔も普通、いいとこ無しのさえない高校二年生。もちろん彼女いない歴十六年。平凡過ぎると言うか、自慢できるものも、誇れるものも何もない、退屈な青春を過ごしていた。そう、今日までは。


「俊太様。今日から貴方様は新魔王となられました」


 誰かの声が聞こえて目覚めると、頭の上をコウモリが飛んでいた。


「うわっ。コウモリ!」


 僕はあわててベッド脇の窓を閉めた。


「失敬な。貴方様が新魔王でなれけば殺していますよ。私は貴方様の使い魔です」


 コウモリが僕の布団の横の勉強机の上に立った。よく見るとそいつは小さな人の形をしていた。動いて喋らなければ、良くできたフィギャア。しかも、かなりかわいい女の子。ってこれは夢に違いない。なぜって。全然、怖くないじゃん。


「可愛い顔してくだらないことを言わないで欲しい。僕は眠いんだ」


 彼女の後ろの目覚まし時計は深夜零時を示していた。枕を直して寝直すことにする。


「ちょっとー!新魔王様、寝ないでくださいよ。魔王に睡眠は必要ありません」


「ほっといてくれ!何時だと思っているのだ」


 と、答えてみたものの全然眠くない。


「魔王様が眠りたいと言うなら分りました。魔王様の命令は絶対です。でも、朝、目が覚めても、魔王様は魔王様です」


「人類でも滅ぼせって言うのか。バカバカしい。嫌いなやつは沢山いるけど、殺したいほど嫌いじゃない。僕は生まれつきの平和主義者なんだ。残念だったね」


「魔王だから、人類を滅亡すなんてのは人間の思い込みです。好き勝手に生きてください。貴方様は新魔王なのですから」


「じゃあ、好き勝手に生きるとするよ。寝させてくれ」


「わかりました。お休みなさい」


 てな感じで、眠りについた。


ジリ、ジリ、ジリ。


 くそっ。うるさい。朝が何だって言うのだ。寝起きは機嫌が悪いのだ。


バォーン。


 目覚まし時計がいきなり爆発した。な、なんだよー。ビックリした。ってか買ってもらったばかりの目覚まし時計。ど、どうなってんの。


「おはようございます!新魔王様」


 んっ。フィギャアが喋った!ってかこんなもの買った覚えがない。昨日の夢の・・・!


「今日から好き勝手、生きられますよ。お望みを言ってください」


 なんなんだ、こいつは。なら、言ってやる。


「朝食は和食じゃなくてオシャレなパン食だ。それから、僕は学校一の天才。勉強もスポーツも一番。おまけにクラス一のイケメンだ。女の子にモテモテ。分ったな」


「それでこそ魔王様です。かしこまりました」


 女の子のフィギャアは煙となって消えた。


「やっばり寝ぼけていただけか」


 僕はパジャマを脱いで制服に着替えた。鏡に映る僕の姿は平凡なまま。何一つ変わらない日常が始まろうとしていた。


「俊太、今日から朝食はパンにすることにしたよ」


 まさかとは思ったが母親の気まぐれらしい。変なことに巻き込まれて遅刻しそうだ。僕はパンをくわえて学校へと急いだ。


 特に足も速くなっていない。運動不足で息切れがする。何とか遅刻せずに学校についた。一限目の授業は数学だ。僕の最も不得意とする教科だ。教科書を開く。んっ、やばい。小学生の時の教科書?


「では、今日から九九の勉強を始めます。キミたちには難しいから、心して勉強してください」


 数学の先生は真面目だ。クラスのみんなも真剣な眼差しで黒板に向かっている。んなバカな。小学校低学年の問題だぞ。僕は思わずずっこけてしまった。


「そこっ!山賀くん。うるさいわよ。ここに来て先生が書く問題を解いてみなさい」


 僕は椅子を引いて黒板に向かった。先生は意地悪そうな顔を向けると、黒板に二桁の掛け算問題を書いた。僕の後ろの席の学級委員の山下智菜(やました ちな)さんが思わず口にした。


「先生!ひど過ぎます。それは三年生の問題です」


 へっ。小学校三年生ならいざ知らず、高校生ですよ、僕たち。僕は一瞬にして答えを黒板に記した。教室中が騒めく。こんな問題で驚かれても・・・。でも、気持ちいい。なんかヒーローになった気分。僕は中学生レベルの二次方程式の問題を勝手に書いて解いて見せた。


「すごい!山賀くん。よく勉強しているわね。先生だってこんな難しい問題はもっと時間がかかるのに」


 なんてことだ。大歓声の中、クラス全員の顔がバカに見えてきた。その他の授業もひどいものだった。ほぼ、小学生レベル、簡単なのは良いが、街中がこのレベルだったら人類はどうなるんだろ。


 体育の授業はもっとひどかった。一段の跳び箱ですよ!高校二年生が。それでも半分は飛べないなんて。陸上部の全国大会の短距離走、百メートルの記録が48.59、日本新記録と堂々と記されていた。


 僕の運動能力を変えるんじゃなくて、周りの運動能力を落としたのか。なんてやつだ。僕は周りに聞かれないように、小声でつぶやいた。


「おい、使い魔!いるなら出てこい」


 黒い煙が形になって、使い魔が僕の目の前に現れた。


「お呼びですか。新魔王様」


 どうやら周りの生徒には見えてないらしい。お決まりの展開ってやつだ。


「魔王様の能力を上げたら魔王様が魔王様で無くなってしまいますので、周りの能力を下げました。好き勝手、楽しんでください」


「じゃあ、イケメンはどうなったんだ」


「はい、もちろん。魔王様をイケメンの基準にして、女の子達の価値観を変えました」


 僕は恐るおそる周りを見回す。今まで感じたことのない女の子たちの熱い視線。そして、今までイケメンと言われて持てはやされていた男の子への冷たい視線。嬉しいけど、こんなんで良いのだろうか。


・・・・・・・・


「神様。新魔王によって、人類がおバカどもになりました。これで文明は衰退します。全員がヘタレ男子なので人口の増加も止まるはずです」


「よくやった!使い魔、いや、天使よ。これで地球の環境破壊のスピードは弱まるじゃろ」


 神様は下界を見渡して満足した。





おしまい。

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