美容整形

 私はこの日を待ち続けた。物心ついた頃からずっと待ちこがれていた。二十歳の誕生日、私は生まれ変わる。


 小学校の時、学校の先生から人間は皆、平等だと教わった。しかし、それは間違っていることに私はうすうす気づいていた。私は決して頭の悪い女の子ではなかった。でも、学年に数人はいる天才とも違った。だから、必死で勉強した。それに私は運動が苦手だった。だからアザだらけになっても、体中が痛くて動かなくなるまで練習した。


 そのかいあって、勉強もスポーツもトップとまではいかなくても、人並み以上の成績を残すことができた。父も母も友達も、皆が私を努力家だとほめてくれた。そして、私もそれに応えるべく頑張ってきた。


 中学生になって、私は一大決心をした。勇気をもって幼馴染の男の子に告白したのだ。世の中が不平等でも努力すれば、なんでもかなうと信じていた。


「ゴメン。君とはつき合えない」


男の子は頭を下げると、その場から逃げ去ろうとする。


「どおして。私、なんでも頑張るから」


私は彼の手を取って引き留める。


「頑張ってどうにかできるものじゃないから」


男の子は困り顔で小さくつぶやく。


「どういう事?」


私は少し声を荒げてしまう。


「鏡、見たことあんのかよ」


男の子は、そう吐(は)きすてて私の腕を振りほどいて走り去った。


 その晩、私は鏡に向かい自分の顔を見つめた。ぼてっとした一重のまぶた。上を向いた鼻。膨らんだほほ。テレビで見る女芸人そのものだった。


 私は母に泣きついた。母は私とそっくりな顔に笑顔をつくって言った。


「大人になったらきれいになるから。ほら、私だってお父さんみたいないい人と結婚できたし」


 私は努力してもどうにもならない現実を知った。美人は得だ。勉強も運動もできなくても「かわいい」ってチヤホヤされる。私の高校生活は散々なものになった。


 でも、とうとうこの日が来た。親の同意を得ずとも自分の意志で生まれ変われる日。私はお弁当屋のアルバイトで貯めたお金をすべて引き出して、日本で一番と名高い都会の美容整形外科に向かった。


美人の看護師と美男子の先生方に囲まれて、私は告げた。


「私の顔のすべてを変えてください」


すると先生方は、世間で最も注目を集めている若手女優の写真を取り出した。


 私の熱意が通じ、先生方は特別プロジェクトを組んでくれた。私のこの醜い顔を女優にする為に。美人に生まれ変われる。その思いだけで私は手術の痛みに耐えた。


 とうとう、包帯が外されるその日がやってきた。美男子の先生方と美人の看護師が私を取り囲む。包帯がゆっくりと取り外されていく。


「おー」


周囲から驚嘆のため息がこぼれる。私はゆっくりと目を開いた。看護師の一人が私に手鏡を渡す。鏡の中にはテレビや雑誌のグラビアをかざる女優の顔がそこにあった。


 私は街に出た。美容整形で全財産を使い果たしていたので、入院した時の服装のままだった。しかし、美人が着こなせば一着数千円の安物が高級ファッションに見えてくる。道行く人々は男も女もふり向いてため息をついた。


「号外。号外です」


私は駅前で配っているスポーツ新聞の号外を受け取った。


『国民的女優。プロデューサーとの不倫が発覚!』


そこには、中年の不細工な男とベッドを共にする『私の新しい顔』がおどっていた。私は手で顔を隠して逃げるようにその場を後にした。


 人気女優は雲隠れし、私はマスクをしてしか外出できなくなった。一日中、家にこもってテレビを見ながら過ごすことが多くなる。


「チャーミングな笑顔で、話題急上昇中のお笑い女芸人登場!」


割れんばかりの拍手を受けて、画面の中に飛び出してきたのは、かつての私の顔だった。






おしまい。

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