コレクター
切手や古銭、陶器や絵画、古物や時計。フィギュアやカプセルトイ。何かを集めるという趣味は人によって実に多種多様だ。地下サイトやSNSの普及によってそれらは、より細分化されたコミュニティを生み出している。
そんなものを集めて何が楽しいのだろうとあざ笑うものもいるが、当人たちは極めて真剣だ。頭がいいとか、運動神経が抜群とか、美男美女とか、親が大金持ちとか。小説の世界では当たり前でも、現実世界ではほんの数パーセントにしかすぎない。
生まれ持った運命に逆らって、血のにじむような努力をしてはい上がる人もゼロではない。が、大多数は『こんなもんでしょ。私の人生』とあきらめる。人にうらやましがれる経験をする人は、ほんの一握りなのだ。
誰もが一度くらい人にうらやましがられてみたい。まわりから脚光を浴びてみたい。それがかなうのが、コレクションの世界だ。仲間が持っていないレアアイテムをゲットしただけで、能力に関係なく一夜にしてヒーローやヒロインになれる。
「お願い。ほんのちょっとだけでいいから見せて」
「頼むよ。少しだけ貸してほしい。どんなことでもするからさー」
「さわらせてくれたら、何でも言うこと聞くから」
日頃、見向きもしてくれなかった人々が言い寄ってくる。すり寄ってくる。この優越感。誰からも認められたことのない人間なら、みんながわかる世界だ。
そのコレクションを手助けするのが僕の仕事だ。忙しくて、なかなか探し回れない人。どこを探せばいいか悩んでいる人。僕が独自に作り上げたネットワークを使って、どんなものでも見つけ出します。みなさん、僕に任せない。秘密も厳守です。
しかも、お代はとってもリーズナブル。足元を見てふっかけるようなあざといまねは一切いたしません。前金も調査費用もなし。と言うことで、僕のメールには毎日、依頼が殺到する。
『打ち切りアニメの名場面の原画』
お安い御用。僕はアニメ制作会社のバイト君に電話する。
「悪いんだけど、○○アニメの原画を探しているんだけど」
「えっ。あるの。やっぱり頼りになるのはキミだけだ。うん、買うかう。おまけしてね」
はい、一仕事完了。これで依頼者の女の子は明日にはヒロインだ。
うーん、次は。
『全国の競馬場のコースの土』
?。変わったコレクションだ。こんなものを集めているやつがいるとは。さっそく、客として知りあった全国のコレクター仲間にメールで依頼。
コレクター仲間は僕の強い味方だ。自分のコレクションはがんとして手放さないが、自分と違う趣味の人には優しい。すぐにOKのメールが舞い戻ってくる。これで依頼者のオッサンは明日、ヒーローだ。
『アイドルの○○の髪の毛』
これは、パス。手に入れることはできるが、他人の意に反する依頼はお断りだ。
『1985年に中国で製造されたオレックス』
高級時計の偽物コレクターか。しかも年代指定付き。かなりのマニアだな。俺はチャイナタウンの重鎮に電話を入れた。
「ええ、ええ。ありますか。はい。えっ。偽物なのにそんなに高いんですか。困ったなー。そうそう、先生が探していた、あれ。見つけましたよ。それと交換で。はい。もちろんです」
ちょっと手こずった。が、まあ問題なし。
『はげおやじの靴下。10人分。密封袋で』
最近多いんだよね。こう言うおやじフェチ系の女子高生。トリップパーティ用か。まあ、喜んで提供する中年どもを押さえてあるので問題なし。
『全国のスーパーのロゴ入りテープ』
くー。レアなとこついてくるなー。小学生ネットワークに依頼。
『林永のミルクチョコレートのパッケージ。1980年以前のもの』
んーん。残っていないんだよね。こういうの。博物館レベルか。あっても手放す人いないんだよねー。これはダメかと思いつつ、僕はスマホの電話帳をくるくる回す。地方に生き残った駄菓子屋のばあさん達に連絡をとる。
「えっ。あるの。まさか、店で売ったりしてないよね」
危険なので全て買い取る。
と言う具合に今日も成果は上々。後は依頼主に、品物を届けるだけだ。
俺は品物を必ず依頼主に会って手渡す。これが、俺の仕事の流儀だ。数日中にご依頼の品が全国から集まってくる。いよいよその日が来た。
「○○さんですか」
「こちらがご依頼の品物です」
俺は品物をバッグから出して依頼主に確認してもらう。
「では、お約束ですので」
そう言って、スマホを取り出すと依頼主の顔写真を撮った。
俺のスマホの中には依頼主の何百枚という写真が収められている。電車の中で今日の収穫をながめる。
いゃー。この顔の筋肉が全部緩んでしまっている無防備な顔。たまらない。こっちは瞳孔が開ききっている。
そう、俺は『幸せな顔』を集めるコレクターなのだ。全世界でたった13人しかいない貴重な仲間に見せるのが楽しみだ。今晩のヒーローは間違いなく俺様だ。
おしまい。
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