超人になれる薬

 暖炉の前で白髭の老人たちが集まっている。窓の外は雪がコンコンと降り積もっている。静かな夜だ。


「文明が発達して、大人は誰一人として我々の存在を信じてくれなくなったな」


「人類が豊かになれば我々なんて必要なくなる。しかし、それはそれで人間たちが幸せなのだから良いではないか」


「そうでもないぞ!戦争は未だに解決していなしい、凶悪犯罪だって減ったとは言えない」


「確かに!我々にだって、まだまだ活躍の場があるのではないか」


「そうだな。人間の欲望は果てしない。常に我々の想像の上をいくではないか」


「今年こそ、大人たちも喜ぶプレゼントを考え出すのだ」


「札束なんてどうだ。現金なら好きなものが買えるし、多様なニーズにマッチすると言うものだ」


「いや、それは如何なものか。全員に大量の現金をばら撒いたら経済が崩壊するんじゃないか。商品券をばら撒こうとしている政府の愚策と変わらない。物価が上昇して暮らしがかえって貧しくなる」


「それに、お札とはいえ紙は思いのほか重いぞ。丸太を袋に入れて運ぶようなものだ。年を取った我々にはキツイ。配って回るにも、たった一晩では無理だ」


「そうだな。腰痛が悪化したらたまらない」


「しかし、どんな人間でも満足するものとなると・・・」


「良いことを思いついた」


「なんだ」


「『超人になれる薬』なんてどうだ」


「ふむふむ。受験勉強で頭を超人にしたいとか、ブラック企業でも寝ずに働ける超人とか、不細工でも彼氏にモテる超人とか」


「スポーツ選手も科学者も、人間だったら誰だってその道の超人になりたいものだ」


「それは良い。軽くて配りやすいし、我々の腰にもやさしい」


「そうだな」


 と言うことで、十二月二十五日の朝を迎えた。ここは郊外の平凡な一軒家。


「ねえ、あなた。ベッドの横に変な赤い薬が二つあるんですけど」


「どれどれ。横に手紙が添えてあるな」


『この『超人になれる薬』を飲めば、たちまち、あなたが望んだ超人になれます』


「意味がわからんな。勝手に人に家に上がり込んで、こんな不気味なことをする輩(やから)のことを信用するバカがいるのか」


「わたし、怖いわ。新手の詐欺かなにかかしら」


 夫婦は迷わず『超人になれる薬』をゴミ箱に投げ捨てて、ホームセキュリティの会社を訪問した。


「どう言うことだ。夜中に賊(ゾク)が侵入したぞ。高い金を払っているんだ。これじゃあ安心して眠れんではないか!」


 怒りを抑えきれずに、出迎えた担当者を頭ごなしに叱りつける旦那。


「すみません。テレビのニュースをご覧になっておられないようですね」


 担当者はパソコンをテレビモードに切り替えた。アナウンサーに、コメンテーター、クリスマスだと言うのに呼び出された専門家たちが、赤い薬を前に真剣な顔で議論している。


『何なんでしょうか。この赤い薬。全世界の家庭に配られているらしいです』


『「超人になれる薬」と置手紙には記されていますが・・・』


『サンタの贈り物にしては奇妙奇天烈(きみょうきてれつ)ですな』


『のん気なことを言っている場合ですか。とにかく警告を出し続けましょう。新手のテロかも知れません』


『そうですね。この放送をお聞きの皆さん。正体が判明するまで絶対に赤い薬を飲んではいけません。ただいま政府が「超人になれる薬」の検証を行っております』


 小さなデーブルが、たった一つ置かれた白壁の部屋で一人の男が数人の制服の役人に取り押さえられている。デーブルには赤い薬が一錠、ポツンとのっている。


「何ですかこの赤い薬は!この薬を使って俺の死刑執行をするつもりだな。まっ、待ってくれ。いくら、俺が無差別殺人犯だからと言って、なにもクリスマスに死刑を執行しなくても・・・」


「うるさい。つべこべ言うな。お前の様なやつでも人類の役に立てるのだ。ありがたく飲め!」


「うぐぐぐぐ。死ぬ・・・。あれっ。力がみなぎってくる」


「やっ。やばい。撃て!撃て!」


 バキューン。バキューン。


 カン。カン。


「拳銃の弾を弾いたぞ!」


「ん、がががが」


「うおっ。おっ、俺の拳銃がコンビニのおにぎりみたいに・・・」


「やめろ、悪かった。助けてくれー」


 再びテレビ画面を見つめる夫婦とセキュリティ会社の担当者。何やら店の外が騒々しい。


『た、大変にことになりました。赤い薬を飲んだ死刑囚が暴れ出した模様です。目からはビーム、口からは冷凍ガス。銃弾も火炎放射器も効きません・・・』


「あなた、とんでもないことになっているみたいですよ」


「ゴミ箱に捨てた、あの薬は本物だったのか!」


『うわー!ニュースを見た悪人どもが次々と超人になって暴れ回っています。警察も自衛隊も歯が立ちません』


 テレビ画面の中では、街中のあちこちで火の手が上がる。宝石店や銀行は破壊され、どうどうと略奪がおこなわれている。店の外はさらに騒がしくなる。


『我々が立ち上がるしかないな』


 軍事評論家と書かれた専門家の一人が、ポケットから赤い薬を出して口に含んだ。


『うぉー。力がみなぎる。変身!トーッ』


 軍事専門家はニューススタジオをぶっ壊して街へと消えた。目の前の赤い薬を見つめるアナウンサーとコメンテーター、その他の専門家。


『それでは、みなさん。我々も加勢しに行きます』


 次々と赤い薬を飲みこんでゆく。


 窓に降り積もった雪の隙間から青い空が覗いている。トナカイを表につなぎ、肩に積もった雪を払いのけて老人たちが木でできた小さな家に次々と入っていく。


「どうだ。人間たちは喜んでおるか」


「いゃーもう。お祭り騒ぎです。世界征服をたくらむ悪の軍団とそれを阻止するヒーロー軍団。二つに分かれて、子供みたいに嬉々として戦ってます」


「そうか、そうか。大人の純真な心と言うのは、思いのほか幼稚だな。が、しかし、今までで一番、喜んでくれたようだ。来年のサンタのクリスマスプレゼントもこの線で行こう」


「街が粉々ですぞ」


「いいではないか。復興と言う名のもとに経済が活性化する」


「同感ですな。それに軽くて配りやすい」


 赤と白の制服に白いひげ、三角帽子を脇に置いて、暖炉の前でくつろぐおじいちゃんたちだった。






おしまい。

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