神様になれる薬

 大学受験に失敗し、高卒と言う最終学歴で、俺は社会に放り出された。学無し、金無し、コネなし。三重苦ではまっとうな就職先なんてあろうはずもない。その日暮らしの極貧アルバイト生活を強いられることになってしまった。


 親にも彼女にも見捨てられ、もはやすがれるものは何もない。街を歩いていても、声を掛けてくるのは怪しげな宗教の勧誘だけだった。人生に絶望しきった心が姿に現れていたんだと思う。


「ねえ。そこのキミ!ちょっと時間あるかなー」


 アルバイトを終えて駅前に来ると、明らかに大学生活を満喫してますって顔をした同世代の女の子に声を掛けられた。薄化粧でほとんどすっぴん。田舎から出てきて、そのまんま胡散臭い宗教に取り込まれたウブな女の子ってところか。


 俺なんかに言葉をかけてくれた可愛らしい女の子。ちょっともったいないなと後ろ髪をひかれたけど、無視して駅に向かう。変な団体に捕まったら後が怖い。


「えっ!」


 後ろから追いかけられて手を握られる。ほんのり暖かくて柔らかい感触。俺をふった彼女を思い出した。最近の宗教は強引なんだなとちょっと引いた。


「あのー。私、怪しい人とかじゃありませんから」


「十分に、目いっぱい怪しいです。キミみたいな美人が俺に声を掛ける理由は、宗教の勧誘以外にありませんから。どんな神様だろうが、恨みはあっても跪(ひざまづ)くつもりはありません」


「だと思った!だから声を掛けたの」


「・・・」


「キミさー。神様を心から恨んでいるよね」


「・・・」


「だから、これをあげる」


 俺の手を掴んでいた彼女の綺麗な手から、白い小さな薬が一つ、俺の手のひらに乗せられた。俺はそのタブレットを見つめる。


「なんですかこれ。まさか麻薬の売人とかじゃないですよね」


 彼女の全身から一瞬、純白の光が放たれた。この世のものとは思えない、神々しい癒やしの光。って、キミ、何者なの?道を行き交う人々は誰一人その光に気づいていない。目の錯覚か?


「これは『神様になれる薬』です。キミ、神様嫌いでしょ。神様の事を知りもしないで食わず嫌いだから、いっそ神様にしてしまおうかなって思って」


「言っている意味がわかりません」


「だ、か、ら。これを飲んだら神様になれるのです。これからの人生、あれ、もう人じゃないか。神生(しんせい)やりたい放題。思いのままなのです」


 目をまんまるにして俺の目を覗き込んでくる美人さん。可愛いのは認めるけどポンコツ感が満載だ。これ以上、側にいたら何をされるか分からない。逃げよう。


「あれ?体が動かない・・・」


「逃げようとしても無駄ですよ。キミまだ人間だから、私の思いのままなのです!さあ、薬を飲みなさい」


 俺の手が勝手に動いて薬を口へと運ぶ。ゴクリ。のっ、飲んでしまった。その瞬間、俺の体から、一瞬、純白の光が放たれた。荒んだ心が癒やされて喜びに満たされていく。


 こうして俺は神様の一員になった。そして気付いた。人間に混じって生活しているけど、世の中の十パーセントくらいは神様だった。何の心配もなく、失敗もなく、苦労もなく。やりたい放題に神生(しんせい)を満喫している。成功者と呼ばれている者はことごとく神様だった。


 努力が報われるなんて嘘だった。秘密はこの白い薬。『神様になれる薬』を飲むか飲まないかの違いでしかない。俺は彼女と同じように、街に出て駅前で『神様になれる薬』を無償で分け与えている。遠からず、アナタも神様になれるだろう。


 人類が全て神様になった時、神様同士の競争が始まる。全員が好き勝手を享受するには、地球は狭すぎるし、資源も足りない。当然のことながら神生(しんせい)を満喫できないものが現れる。それが分かっていても『神様になれる薬』を配らずにいられない。それが『神の慈悲』なのだから。






おしまい。

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