天才になれる薬

 俺の研究テーマはずばり『天才』だ。世の中には苦労して勉強せずとも賢い『天才』と呼ばれる人間が存在する。これは疑う余地のない事実であり、俺の様な『凡才』がどう逆立ちしたって及ばない。不公平極まりない現実である。


 小学生の時に母親に『そんな人はいないのよ!隠れてこっそり努力しているだけ。だから勉強を怠ったらだめよ』と言われ続けて育った俺には許しがたい事実だった。頑張って、頑張って、青春の全てを犠牲にしてようやく入った大学で、俺はそのことを思い知らされた。


 国内トップの大学と呼ばれるその場所には、二種類の人間が存在する。一つは俺の様な全てをなげうって努力して伸びきったゴムのように伸びしろを使い切った『凡才』。もう一つは神童と呼ばれ、努力何てしたこともない生まれながらの『天才』だ。そこで俺は両者を比較して『天才』とは何かを分析することにした。


 大学の指導教授にバカにされ、友達には呆れられた。が、しかし、俺には神の与えし不平等が許せなかった。『天才になれる薬』は実現できる。なぜなら『凡才』である俺と『天才』達の構造的な違いは全くと言っていいほどないのだ。


 運動選手なら筋肉量だとか、動体視力だとか、体のバランスとか色々と違いがある。純粋に量的な違いから力学的見地など構造の違いはいかんともしがたい。が、こと『知能』に限って言うと脳が大きいからと言って『天才』と言うわけでもなく、視覚や聴覚等にハンデがある人の中にも『天才』は存在するのだ。


 俺はまず人間を構成するハードウエア。つまり、身体的特徴から分析をはじめ、脳神経細胞や神経伝達物質などありとあらゆるパーツを調査した。そして得られた結論は全く同じだと言うことだ。こうなると問題はソフトウエア。つまり、プログラムに違いが在るに違いない。研究は第二ステップへと突入した。


 まずはプログラム言語、つまり、思考する時の言語による違を調査する。調査範囲は日本語、英語、中国語、ドイツ語などなど。方言も含めた。多少の癖や地域性は見つかったが『天才』と呼ばれる人間の出現率は変わらなかった。


 そして俺は確信を得た。ハードウエアでもソフトウエアでもないとすると単なる脳が置かれる状態の違いなのだと。コンピューターが熱くなると熱暴走するように、脳内の環境を最適に整えてあげれば情報処理能力が飛躍的に向上するに違いない。


『天才』と『凡才』の違いとはたったそれだけだったのだ。脳細胞の質と量が一緒なのだから誰にでも即『天才』になれる。俺は『天才』の核心に迫ったのだ。誰も成し遂げ得なかった画期的な研究成果だ。人類は新たな進歩を迎えるだろう。


 不可能と言われる困難を乗り越えて『凡才』の俺が生み出した『天才になれる薬』。脳内の温度や栄養源など『天才』の活性化した脳の状態を瞬時に作り出せる薬。真の平等を作り出す魔法の薬が誕生した。


 当然のごとく、この薬は飛ぶように売れた。教科書何て一瞬見ただけで丸暗記できる。数学の問題だって計算機並みのスピードで回答が思い浮かんでくる。受験勉強は愚か、大学の偏差値格差なども受験産業も過去のものとなった。


 この薬によって世の中が大きく変わると俺は喜んだ。世界の大多数を占める『凡才』を『天才』に変えたのだから。が、結果はそうではなかった。ライバル企業の能力向上で企業はさらにブラック化のスパイラル。知能犯罪が増加して深刻化。軍事企業はより強大な武器を開発して戦争をあおった。


 なんてことだ。こんな筈じゃなかった。幸いにして『天才になれる薬』は、俺に膨大な富と権力をもたらした。俺は『欲望を消し去る薬』の開発を極秘裏に着手した。人類の幸せのために。そして今、俺には一つの心配がある。人々は『欲望を消し去る薬』を飲んでくれるのだろうか。






おしまい。

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