ライフログ

 私の勤めている会社は亡くなった人を、その人の『ライフログ』を使って仮想空間によみがえらせるサービスを提供していた。『ライフログ』とはインターネット上に存在する個人のブログ、写真、動画、ネットの閲覧履歴、商品の購入履歴、位置情報などを言う。


 私たちは、世界中のサーバーに点在するこれらの個人情報と家族や友人などから提供されたアルバムや映像記録などを足して、AIを使って亡くなった人の仮想人格をつくりだした。


 不慮の事故や病気で大切な人を失うことは、とてもつらいことだ。一昔前なら仏壇に花をそえて、毎日お祈りしながら寂しさを紛らわすことしかできなかった。人によっては生きる気力を失い、自ら命を絶ったり、憔悴(しょうすい)しきって故人の後を追うという悲しい結末をむかえることもある。


 しかし、今は違う。モニター越しではあるが、毎朝挨拶し、同じテレビを見て笑い合い、昨日の出来事を語り合うこともできた。バーチャルグラスをかければ立体映像を使って、目の前で食事をしたり、デートに行くことだってできた。


 故人はまるで生きているかのように、遺族の相談に乗り、愚痴にうなずき、励ます。一緒に出掛けた旅行先での出来事を懐かしんだり、昔撮ったビデオを二人で鑑賞することもできた。電話もメールも送れる。SNSもできればビデオチャットだってできた。


 過去の出来事だけではない。仮想空間に作り出された故人は、生前の性格、趣味、趣向を踏襲して成長した。最新のニュースについて語り、封切直後の映画やヒットしている新刊本の感想を述べた。海外に赴任した家族のようなものだった。


 私は新聞の電子版で事故の記事をチェックしながら新しいクライアントを探していた。


トッチントン、トッチントン、トッチントン。


スマートフォンのコールが鳴った。バイク事故で孫を失ったクライアントからの電話だった。


「お礼は嬉しいけど、こう何度も電話されたのでは」


私はため息をつきながらも営業用の笑顔をつくって、ビデオ電話に出た。


「どうされました?」


いつも笑顔のおばあちゃんの顔が険しい。


「いゃねえ。孫が変なことを言いだすものだから」


私は彼女に見えないように端末を叩いて、孫のAIの様子を調べる。特に問題はなさそうだ。胸をなでおろしながらカメラに向かう。


「特に問題ないようですが、冗談でも言ったんじゃないですか?」


「それがね。会社のお金を無断で投資して損害を出してしまったから、お金を貸してくれって泣いてすがるんです」


「えっ。それでどうしたの?」


「たった今、孫の言う通り、ネットバンクを使って送金手続きを終えたところなんです」


私の脳裏に『ネットおれおれ詐欺』の言葉が浮かんだ。


「おばあちゃん。あなたのお孫さんは亡くなっているんですよ!お金の無心なんてするはずがないでしょ!」


 私は慌てて、警察と銀行に連絡して送金ルートを追ってもらった。しかし、おばあちゃんのお金は世界中の銀行を経由して闇に消えていた。それから後は覚えていられないくらい忙しかった。上司に報告し、保険会社と弁護士に連絡をとり、顛末書を作成した。


 結局、信用失墜を恐れた会社が、おばあちゃんのお金をたてかえることで口止めした。警察と協議して過去にない事例であることから、しばらく様子を見ることとなった。


 私はへとへとになって深夜に帰宅した。ふと玄関の鏡を見ると朝、念入りに若作りしたはずの化粧が浮きかかっていた。35歳になってまだ独身。ハイヒールを脱ぐのももどかしく、そのままキッチンからワインボトルを取り出してベッドに座った。一口飲みほしてようやく落ち着く。


その時、テレビモニターに接続されたビデオフォンのコールがなった。彼からの電話だった。私は化粧を直して、ワインボトルを隠して電話に出た。


「お帰り。今日は遅かったね」


いつもの優しい彼の顔と声で私は癒やされる。今日の出来事を語り、愚痴を言う。彼はうなずきながら私の不満を受け止めてくれた。


「サプライズがあるんだ。離れていてなかなか会えないけど。こんど、東京に戻れることになった。東京勤務になったんだよ!今日、辞令が下りた」


彼の言葉で私の一日の疲れは吹き飛んだ。彼はダイヤの婚約指輪を取り出してモニターにかざした。


「結婚してください」


「もう、ずいぶん待ったんだから」


私の目から嬉し涙が零れ落ちる。


「それでなんだけと、結婚式の式場をおさえたいんだけど」


彼が都内の高級ホテルのパンフレットを転送してきた。私は目を輝かせてそれを見つめた。


「問題が一つあるんだ。今すぐお金を振り込まないと、他の人にとられてしまいそうなんだ」


「まかせて」


仕事一筋で気がつけば35歳。私にはため込んでいた貯金がある。私はすぐにスマートフォンを使って入金処理を行った。


「ありがとう」


ブツ。


彼の言葉と共に電話が切れた。


その後、なんど電話をかけ直してもつながることはなかった。それどころか、彼の会社に電話しても彼が実在した事実はなかった。電話の相手はAIだった。結局、私のお金は世界中の銀行を経由して闇に消えていた。


『ネット結婚詐欺』


警察が下した結論だった。





おしまい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る