ナノマシーン
1ナノメートルとは0.000001ミリメートルを指す。まあ平たく言うと1ミリを100万個に分けた大きさってことだ。んっ?かえって分かりづらいだと。まあいい。目に見えないくらい小さいと言うことだ。いや、光学顕微鏡ですら見えない。それほど小さいのだ。
そのサイズのメカを『ナノマシーン』と呼ぶ。最近になってインクジェットプリンターのピコリットル技術を応用し、超精密3Dプリントをおこなう技術が公開された。『ナノマシーン』を制御する基本OSとインターネットで手に入る特殊なインクをセットするだけで家庭にある数千円のプリンターで『ナノマシーン』が作れてしまうのだ。
これは世間に大変なインパクトをもたらした。研究者たちはパラダイスと呼び、軍の関係者はテロを危惧した。次々と開発される技術に法制度が間に合わず、麻薬と同等の効果をもたらすものや新種のウイルス同様に細胞内の情報を書き換えるものまで現れた。
自己増殖機能まで搭載し、外部のAIと通信して自己改良、つまり進化をおこなうものまで現れた。今では不治の病と言われた難病を治療し、知識や運動能力を補完するものまで存在する。俺は国連が極秘裏に作った情報統制部門で同僚と『ナノマシーン』の監視をしていた。
「ネット上にばら撒いた『ナノマシーン』用のOS監視エージェントソフトに問題ないか」
「ああ、AIがどんなに独自に変化しようとも『ナノマシーン』の活動をつかさどるOSの動きを監視していれば問題ない。いざとなれば、アンチシステムを作動させて全ての『ナノマシーン』を停止することだってできる」
「そうだな。基本OSが同じで良かった。スマートフォンみたいに二つ存在したら大変なことになっていた」
「確かに。今となっては『ナノマシーン』なしでの生活は考えられない。イヤフォンは愚か、3Dゴーグルも過去の遺物だ。人類の聴覚、視覚は体内で活動する『ナノマシーン』によって補完されている。頭の中で命令するだけで、電話をかけたり、映像の中に飛び込んだかのようなリアルな映画を楽しむことだってできる。お望みとあらば味覚や嗅覚、触覚だって自在に操れるんだものな」
「その通りだ。俺の目の前にいる君が、本当は数千キロ離れた場所で、俺とは違う言語で話しているとはにわかに信じられない」
「何より人種差別も思想的差別も存在しない社会が来るなんて正に『ナノマシーン』革命さまさまだ」
「だが、しかし。それ故の危うさもある。もし、仮にAIが暴走して『ナノマシーン』が勝手に動き出したら。我々、人類の破滅は愚か、全ての動植物が死滅してしまう。『ナノマシーン』の活動領域は地球上の全有機生命体に広がっているのだから」
「食糧不足も絶滅危惧種も存在しないか。すごい世の中だ」
「ああ。こうやって無駄話をしながらも脳内の『ナノマシーン』はOS監視エージェントソフトをチェックしてくれている。世界中に広がった無限とも言える数のAIをだ」
「・・・」
「そう言えば、昨日の休暇は何処へ出かけた」
「家族で遊園地だ」
「それは良い。動かずともあらゆる快楽が手に入る世界とは言え、リアルな体験に勝るものはない」
「・・・。それが。自信が無いんだ。あの記憶は本当にリアルなものだったのだろうか」
「何をバカなことを・・・」
「じぁあ、君は昨日の出来事が現実だとどうやって証明するんだい?」
「そんなの簡単・・・。んっ!あれっ?」
「だろう。今、君の前にアンチシステムを作動させるスイッチがある。それを押せば、君が現実世界にいるなら全ての『ナノマシーン』は停止し、君は現実世界に残る。もし、君が現実世界にいないとするならば、スイッチを押してもなにも起きない。なあ、試してみないか」
「何のために?」
「分かっているだろ。君が本当に君かどうか確認するためだ」
「俺が俺かどうか確認する?分かった。それは大切なことだ」
俺は全世界の『ナノマシーン』を停止させるアンチシステムのスイッチを入れた。何処からともなく声が聞こえてくる。
「さようなら!最後の人類の記憶よ」
おしまい。
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