人類滅亡のシナリオ
明かりの何もない空間。平衡感覚が失われ、前後左右は愚か上下の感覚まで危うくなりかねない。そんな場所で二人の男たちが人類滅亡のシナリオについて語り合っていた。
「人類が滅亡するとしたらやっぱりあれかね。恐竜と同じで小惑星の衝突とか。これはひとたまりもないぞ」
「いや。恐竜は絶滅したが哺乳類はしぶとく生き残った。案外、人間の幾人かは地下施設か何かで生き残るんじゃないか」
「そうだな。では、最近の世界情勢では少し考えにくいが、定番の核戦争勃発とか。聞いた話では未だに地球を何度も破壊できるだけの核兵器が存在するらしいぞ」
「そうだな。爆発のエネルギーもさることながら、放射能だってバカにできない。しかし確率で言ったら、小惑星の衝突と似たり寄ったりってとこじゃないか」
「うーん。では、未知のウイルスが蔓延してしまうとかはどうだ。映画やゲームでは定番だ」
「まだまだ、知られていないウイルスはこの地球上に数多(あまた)とあるだろう。交通網の発達で世界に拡散するリスクは拡大する一方だ。可能性はゼロではないな。が、しかし、致死力の高いウイルスは人にうつす前に宿主を殺してしまう。思ったほど危険じゃないらしい」
「では、毒蜘蛛の突然変異とか。これは怖いぞ」
「うーん。昔の映画ではあったけど・・・。現実に起きるかと言われると」
「くうー。なら、宇宙怪獣は!」
「荒唐無稽だな。益々可能性が下がった気がする」
「宇宙人襲来は?地球にやってくるくらいの人間を遥かに凌ぐ圧倒的な知性の持ち主なら、人類を蹂躙(じゅうりん)するなどアリンコを踏み潰すようなものだろ。罪の意識もないんじゃないか」
「動機があるとは思えんな。資源やエネルギーを奪いに来る話はかつてのSFに散々登場したが、それだけの文明があるならとっくに問題解決できていると考えるのが妥当だろう」
「一気に滅亡できないなら、地球温暖化で徐々に生活圏を失って、結果、全滅するとか」
「可能性としては一番高いんじゃないか」
「何百年もかかりそうだなー。防御力も耐久力もない無毛なサルのくせして意外としぶといな。人間!いっそ、環境ホルモンで男子を女性化、子供が生まれてこなくするとか。これなら一代で滅びる。百年もあれば十分だ」
「環境ホルモンか。男性ホルモンで対抗されそうだな」
「くそ!何をしても絶滅しそうにない。人間と言う生物は我々以上にしぶといかもしれない」
「そうだな。地球にはびこる害虫だものな。全生物の敵だ」
「久しぶりに頭を使ったせいで余計に腹が減ってきた」
「確かに」
「美味そうなものが目の前にあるのに!どうやっても足が動かない。六本もある脚がだ。床に貼り付いている。背中の羽を活かすこともできない」
「無駄だ。俺達はもう一月もこうして捉えられている。周りのお仲間のように、やがて飢えて衰弱死するしかないのだ」
「くっそー。ペケペケホイホイだと。人権ならぬ、昆虫権侵害も甚だしい恐ろしい品物だ。一思いに死なせてくれる方がよほど良心的と言うものだ」
「俺達の体の構造は、ひ弱な人間など違って丈夫にできている。まだまだ死ぬまでには時間があるぞ。人類滅亡のシナリオをもう一度検討し直そう」
「そうだな。見落としていることがあるやもしれない」
「神様にお願いするってのはどうだ!」
「苦しい時の神頼み。やんないよりはマシか。神様、お願いします。人類を滅亡させてください」
俺たちは冷蔵庫と呼ばれる巨大な建造物の下の暗闇で、唯一自由にできる触覚を蠢かす。体も足も粘着物質に捉えられている。黒く艶やかな体に突然、明かりが差し込む。
『おい。ペケペケホイホイをしかけたまま忘れんなよ』
『うわー!大変。いっぱい取れている。気持ち悪ー。見せないでよ』
俺たちは、ペケペケホイホイごと、ゴミ箱に放り込まれた。ちょうどその時、大地がグラグラと揺れ動いた。コンクリートの建物が轟音と共に崩れていく。巨大地震だ。人間たちの悲鳴があちらこちらで巻き上がる。
『助けてくれー。足がはさまって動けない』
『私もなの。誰かこのコンクリートの塊をどけて』
「ざまあみろ!人間ども。あっ。衝撃で足が外せた」
「おっ。俺もだ。動けるぞ」
俺たちはゴミ箱から這い出て、黒い翼を広げて飛び立った。次々と崩れていく巨大ビル群。地平線の果てまで続く瓦礫(がれき)の山。押しつぶされる人間ども。たて続けに、何度も押し寄せる巨大地震。大地は割れ、マグマが噴き出す。
「さらば、人間ども」
「再び俺たち、ゴキブリの時代が訪れた」
おしまい。
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