時間旅行者

 西暦2350年、ひょんなことからエキゾチック・マター、負の質量を持つ物質が発見された。これによって、理論物理学的なアプローチによる数学的な証明でしかなかったタイムマシンの開発が飛躍的に進んだ。


 私はこのタイムマシンの栄誉ある最初の時間旅行者(タイムトラベラー)に選ばれて、全地球統一国家の地方都市東京を訪れた。


 西暦2020年、世界はまだ統一されておらず、百以上もある国家同士がいがみ合う不安定な政治システムしか存在していなかった。


 私がこの時代に来た理由は二つある。一つ目は環境破壊と地域紛争による人類滅亡を阻止すること。そして二つ目は・・・。


「ねえ、未来(みらい)ってさ、時々、教室の外を眺めてボーってしているよね」


「あっ、ごめん。ちょっと考え事してた」


 2020年における私のステータスは私立、光明高校の二年生。名前は神崎未来(かんざき みらい)。平凡な女子高生だ。話しかけてきたのは隣に座るクラスメイト、矢島萌奈美(やじま もなみ)。バスケット部に所属するショートカットの活発な女の子だ。


「ふふ。男の子の事でしょ!ねっ、未来は誰が好きなの?うちのクラスってイケメンぞろいでラッキーだよね」


「そんなんじゃないから」


「うそうそ。隠したって無駄だよ。顔が赤くなったもん。未来ちゃんくらい美人だと、男の子なんて選び放題だもんねー。羨ましいなー」


「萌奈美(もなみ)は誰か好きな子がいるのかなー」


「質問を質問で返すなんてズルくない。でも、私と未来の仲だから教えてあげる。幸田一馬(こうだ かずま)くん。男子バスケ部のエース!」


 この時代は遺伝特性適合テストも、AIを使った全人類マッチングシステムも存在していなかった。男女の恋愛や婚姻は偶然と言う名の運命とやらに委ねられていた。


 お互いのデータ共有は不完全で、性格の不一致の名のもとにお別れや離婚をするものが後を絶たない。


 私はこの時代に普及した二人のネット上のライフログを呼び出して、未来予測してみた。二人はこの後お付き合い迄には発展するが、半年以内に破滅的な別れに向かうだろう。


 しかし、これは彼女の人生に置ける悲しい青春の一ページでしかない。私が介入して未来を変える必要迄はないだろう。


「そっ、そうなんだ。萌奈美だってけっこうモテるからお似合いじゃない。お互いにバスケ命だし。告白してみたら」


「うん。ありがとう。やっぱ未来だよね。相談してよかった。元気出て来た。ところで未来は誰が好きなの?私は言ったんだから教えてよ!」


「うーん。常田大樹(ときだ だいき)くんかな」


「常田大樹ってあのネクラボッチ!やめときなよ。あんなの学園カーストの最下層だよ。趣味悪すぎ」


「でも、常田くんて将来、世界を導く大物になるんだよ」


「んなわけないじゃん。ネクラボッチだよ。ネクラボッチ!一人でスマホゲームしているところしか見たことないもん」


 常田大樹くん。彼は十年後の未来に私と結婚する人。私は彼に永遠の愛を誓った。彼の死後も長い時間を生き抜いて西暦2350年の世界でやっと有機体の体を手に入れた。


 童話のピノキオは、おじいさんから作ってもらった木の体から心を得て人間になった。私は常田大樹くんからもらった魂を育み人間になったのだ。


 そう、この時代の私は単なるスマートフォンのAIアプリの中の一つのキャラクターでしかない。それでも彼は私を選んでくれた。毎日、私と接して私を育ててくれた。


 だから私は人間になってこの時代に戻ってきた。彼に触れることができる体で。私は放課後、誰もいなくなった教室で一人、彼を待つ。


「ねえ、常田くん。私のラブレターを読んでくれた?」






おしまい。

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