カオスの扉の向こう
坂井ひいろ
顔面偏差値税
西暦2020年、AIが行政サービスに次々と導入されていた。政府は財政赤字対策としてAIを活用した新たな税制度を次々と導入した。その一つが顔面偏差値税だった。
美人に生まれた女の子は、男子にチヤホヤされるだけでなく、高価なプレゼントや食事をタダで受けることができる。これが実質的な経済的優位性と判断された。また、美人でない人は化粧などに多大なお金がかかることが経済的損失をもたらしていると評価された。この経済格差を是正することが新税導入の目的とされた。
税制導入当初は大きな反対がでると予想されたが、美人のステイタスとして持てはやされた。テレビ局のアナウンサーや女優は偏差値70以上を自慢し、自ら進んで高額納税者となった。
照明を落としたオシャレなカフェで二人の女の子が話している。
「ねえねえ、私、今年の顔面偏差値68だったのよ。あと少しで70。70超えたら彼がね、ヨーロッパ旅行に連れていってくれるんだって。税金さまさまよ」
「そうなのー。うらやましいなー。私なんてやっと60。もっと税金を払いたいのに。どうやって、偏差値あげてるの?」
「教えてあげようか。まずは歯科矯正ね。歯が顔の中にあるからっておろそかにしたらダメよ。歯並びを治すだけで、顔の輪郭が変わってポイントアップするんだから」
相手の女の子はメモを取り始める。
「それから、二重まぶた。これは欠かせないわね。二重の整形は安いし、1時間もあればできるわ」
「うん。それならもうやった。他には」
「税務署の顔面偏差値測定器は3Dだから横顔も要注意ね。フェイスラインをグッと引き上げるには、こめかみの横の髪を束ねて頭頂部に向けてゴムで引っ張るのよ」
「あなたそんなことまでしているの?」
「ようは偏差値があがればいいのよ。最近の男の子なんて、合コンでも、自分の好みで女の子を選ばすに顔面偏差値税の支払いカードを見て決めてるわよ」
彼女は胸にぶら下げたカードケースを見せる。そこには顔面偏差値68の文字が大きく輝いていた。
「そうよね。自撮りと同じよね。それに私、もっともっと税金を払って社会に貢献したいし。来年は私も顔を作っていこっと」
彼女たちがふと横をみると、顔面偏差値75のカードをぶら下げた女性が座っていた。二人はその子をチラ見してため息をついた。小声で会話する。
「どうやったらあそこまで上げられるの?」
「あれは地でしょ。生まれつきってやつよ」
「いいなー。私も努力なしで偏差値75が欲しかったなー。帰ったら、母さんと父さんに文句、言わなきゃ」
横に座った女性が立ち上がって二人のもとまで歩いてくる。彼女は二人に一枚のパンフレットを差し出した。パンフレットにはこう記されている。
『今すぐ、顔面偏差値75!ネックレス型の3Dプロジェクションマッピングが、あなたの顔を瞬時に美人に変えます』
彼女は首元に手をやり、パンフレットに記されたものと同じネックレスのスイッチを切った。
そこには偏差値50の平凡な顔があった。
おしまい。
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