第16話 少女と会食

「では行ってきます。ヒビキ、みんな。よろしく頼みます」

「ヒビキ、わらわたちが居らぬ間でも無茶や無理はするでないぞ」


 はいはい、とおざなりに手を振ってヒビキたちは、搬入口から小型宇宙船(ランチ)に乗りこダナエとカーラを見送る。

 ランチにはふたり以外にも、ボディガード五名と運転手。あとはダナエ専属のメイドがふたり。十人で満席のランチの通路にはさらに、リングラウズから運ばせた衣装ケースが三つ置かれている。ランチにはトランクルームが無かったための措置だ。

 この狭さにはさすがのカーラも終始眉根を寄せていた。


「これでも厳選したのじゃぞ、母上」

「だったらランチももう少し大きいの選んで欲しかったわね」

「それは盲点じゃった。すまぬ」


 もう、と苛立ちもあらわにシートに座る。案外座り心地が良かったのか、眉根のしわが一本消えた。

 ダナエもすまなそうにカーラの隣に座るとボディガードたちもそれぞれシートに座る。

 それを見てカーラはその場で窮屈そうに立ち上がる。天井の低さも狭っ苦しさを増加させている要因だと痛感する。


「ともかく、お土産買って帰る余裕は無いからね。お仕事だけ済ませてさっさと帰るの。いいわね」


 はい、と一同の返事を受けてカーラは運転席に視線を向け、


「じゃあ運転手さん、お願いします」


 顔だけをこちらに向けて運転手はうなずき返し、ペダルを踏み込む。

 ふわりとランチが浮き上がり、するすると搬入口から外へ。


「いってらっしゃい」


 ランチが見えなくなるまで見送って、ふとヒビキの脳裏に浮かんだのは、故郷から取り寄せた豪奢なドレスを着込み、かわいらしいティアラを頂いたダナエの姿だった。

 普段は野暮ったいオーバーオール姿しか見ていない彼女の、きっと本来の装いは眼が覚めるほどに美しかった。

 照れるヒビキを見てにんまりと口角を上げると、すぐさま乗員全員に見せて回らなければ、もっと美しいままで記憶にとどまっただろうに。


「ダナエ、きれいだったな」


 ぽつりと呟いたヒビキを大人達は一斉に囃し立て、からかう。

 四方八方から来る言葉や、頭を撫でようとする手をを払いのけながらヒビキは、アンドレイアの元へ向かう。

 ダナエは無論、カーラさえも側にいない状況は、ヒビキが物心ついてからは一度もない。

 初めての状況に、ヒビキはむしろわくわくしていた。


「さて、取りあえず整備だな」


 イスファが集めてアーサーが解析してくれた魔素のデータと、自分がアンドレイアと共に重ねてきた経験。このふたつがあれば、自分の魔素エンジンもあの黒いガウディウムにも勝てるだけの出力が出せるはず。


『魔素はある一定値以上の感情エネルギーを受けると、その感情を具現化するんだ』

「思いを、形に……」


 イスファが語った魔素の特製を反芻しながら、手元にホロ・ウィンドウを立ち上げてそこに図面を広げる。

 きっとまたヴィルトガントと戦う。

 そんな予感だけははっきりとある。

 だからもっと強くなる必要がある。

 ぼくも、アンドレイアも。

 ふう、とアンドレイアを見上げる。ついでに周囲も見回して、大人がいないことを確認して、咳き込む。

 ぐい、と口元を拭った袖口には、赤い染みが付いていた。

 最初は渋ったけれど、アーサーはちゃんと頼み事を聞いてくれている。

 時間は、あまり残っていないみたいだ。

 だから、ちゃんと生きるんだ。


     *     *     *


 ヒビキの決意も知らないまま、ダナエたちを乗せたランチは進む。

 目的地は、小国パライオン。

 そこで待つヴィルトガントたちの組織の長、レイナとの対話を行うためだ。

 パライオンはヴィルトガントたちの組織へ、人材や技術などを供給している。が、その裏には常に黒い噂がつきまとっていた。

 決定的な証拠が見つからず、当然表立っての捜査も行えない状況にダナエはそれでも辛抱強く、ヒビキと出会う前から情報を集めさせていた。

 そこへ、今回のアルカの件である。

 組織もその活動内容もリングラウズの公式なものではあるが、ここまでの内容を認めた覚えは無いとダナエは本格的にパライオンも含めての大がかりな捜査を行わせた。


「でもまだ証拠は見つかってないんでしょ?」

「まあの。じゃが叩けばいくらでも埃が立つ連中。これを機にまとめて大掃除でもと思うての」

「なんかヒビキが利用されてるみたいで気持ちよくないけど、仕方ないわね」

「すまぬの。母上」


 いいって、と手を振ってふたりは運転席の脇に立つメイドのひとりからの説明を聞く。

 パライオンは宇宙移民時代から続く技術大国であり、現在使用されている軍用ガウディウムの基礎をつくり、発展させてきた実績がある。

 当初は単なる技術供与として始まった、リングラウズでのガウディウム生産。

 が、生産責任者である有力貴族と結婚した王女レイナがいつの間にか発言力を強めていた。組織がパライオンの傀儡との批判をかわすために義弟ヴィルトガントを現場責任者として着任させ、現在に至る。


「でもさぁ、なんでガウディウムを強化しようとかするの? いまどこも国を安定させることで精一杯のはずでしょ?」


 人々が惑星テイアに降りたってから十年。

 人々はどうにか住む地域の四季に慣れ、天気予報の精度も信頼に足るレベルになり、作物は一部の国がどうにか、グレイブ号を経由しての輸出ができるレベルになったばかり。

 どの国もそんな状況で、他国を羨んで戦争など仕掛けている余裕もないのが現状だ。


「技術屋、というものはいつの時代もどんな世界もどんな種族でも、己の研究に邁進することしか興味の無い存在。そうであろ? イスファよ」


 厳しいね、と答えたのはダナエの中にいるイスファ。

 病の研究はひとまずアーサーに預け、今回はイスファ自身がレイナに話したいことがあるから、とダナエを依り代としている。


『でもダナエの言うとおりだよ。きっと、魔素を見つけてその膨大なエネルギーに魅せられて、でもそれを研究するには大義名分が必要だから、ガウディウムっていう都合の良い存在に目を付けたんだ』


 ちらりと視線をやった説明係のメイドがゆっくりと頷く。

 ほらね、と苦笑してイスファは引っ込んだ。


「魔素がガウディウムに使用される経緯については、いまイスファさまがおっしゃった内容でほぼ相違ありません。問題は、レイナさまがどこまで関与なさっているか、です」

「だけどその情報は確保できてないのね」

「うむ。リングラウズのデータベースには関与を示す証拠は一切見つからなんだが、パライオンにならあるいは、と思うての」

「あんまり危ない橋渡らないでよ? けが人とか出たらあたしどう責任取ればいいのよ」

「なに、母上に責が及ぶようなことはせぬ。これはリングラウズ王女ダナエがやらせたこと。仮に裁判になったとしても、それを貫き通す故、安心するがよい」

「もー、裁判とか物騒なこと言わないでよ」


 ため息をつくカーラ。


「確かに危ない橋ではあるがの。これもすべてヒビキのため。それにわらわのお庭番は皆優秀じゃ。万が一にもヘマはせぬ」

「あのね、どんなに完璧なひとでも何かしらミスはするの。用心に超したことはないわ」

「じゃが仮にミスをしたとしても、それをフォロー出来るのが優秀の証」


 ああもう、と唸ってカーラはメイドに続きを促す。

 ゆっくりとうなずき、メイドは説明を続ける。

 パライオンにダナエとカーラが向かう公式の理由はふたつ。

 ダナエはレイナの直属の配下ではないが、レイナが所持している組織の行動に釘を刺すため。

 カーラはこれ以上ヴィルトガントに自分たちの船を攻撃しないよう命令させるため。

 グレイブ号は国に準ずる組織として扱われている。

 その長であるカーラは、扱いとしては大都市の市長と同程度と位置づけられており、そういうふたりが表敬訪問として正式に会談を申し込まれてはパライオン側も受けざるを得なかった。

 お庭番たちの調査によれば、パライオン側もこちらの真の狙いを予測し、対策を立てているが、突破は可能だと言う。


「どっちにしても、無理はしないように。ここで命を落としでもしたら、一生許さないからね」


 この中にカーラの部下は誰一人いない。にも関わらず全員が「はい」と答えた。


「あ、ありがと。答えてくれるとは思わなかったわ」


 柔らかな笑いが船内を包む。

 パライオンまでの三日間、何事もなく旅程は進んだ。

 そして、運命の日が始まる。


     *     *     *


「では、本題に入ろうかの」


 ナプキンで口元を拭いながらダナエがそう切り出したのは、晩餐会でのこと。

 公務用のスーツからドレスへ着替え、会場へしずしずと入ってきたダナエに、居合わせた誰からも感嘆の吐息が漏れていた。

 内壁は白で統一され、そこに地球時代から受け継がれてきた黄金製の装飾品や、テイアに降り立ってから作成された彫刻などが過不足無く並ぶ。

 床には精緻な模様が描かれた絨毯が敷き詰められ、テーブルクロスには丁寧なアイロンがけの痕跡が。食器は上品な陶磁器と銀製のナイフとフォーク。

 会話を邪魔しない程度に楽団が生演奏を披露し、出される食事も質が高く、カーラはヒビキも連れてくれば良かったと後悔していた。

 出席者は双方合わせて十人。パライオン側は政府の要人が、こちらはダナエとカーラ、あとはランチに同乗していた、ダナエのメイド長であり乳母だった初老の女性を秘書役として参席させている。

 そんな穏やかな晩餐会を、ダナエは承知で壊し始める。


「本題、とはなんのことでしょう」


 ダナエの正面に座る、カーラと同年代の女性が答える。

 レイナ・ズヴィエーリ。

 ヴィルトガントの義姉であり、直属の上司。今回起こっている魔素関連の事件の黒幕と目される女性だ。

 賓客よりも質素な装いをするのが晩餐会のマナーであるにも関わらず、彼女のドレスは実に派手で、パライオンの高官さえも眉をひそめていた。

 そんな程度のことで腹を立てるダナエでは無く、またカーラもそういうマナーには疎いためレイナは着替え直さずにそのままの姿で晩餐会に出席している。


「我がパライオンがお見せできる施設や観光地は、一通りお見せしたはずですが」


 今回の訪問はあくまでも表敬訪問であり、繰り返される襲撃や魔素機関については伏せてある。

 仕草だけは上品にレイナはワイングラスを傾け、ダナエを見据える。実はダナエが座る椅子は彼女に合わせて座面が高く調整してある。そのお陰で多少の角度はあるものの、ふたりは視線をしっかり交わらせることができる。


「いや、ひとつ見ていない施設があるのじゃが?」

「さて。なにか勘違いをなさっておいででは?」


 仕方ないの、と前置きして、ダナエは包み隠さず言った。


「そちたちが共同で開発しておる新型の内燃機関、少し見せてもらいたい」


 ざわ、と会場がざわつく。


「まさかただ観光と食事を振る舞って貰うためだけに、こんな大がかりなことをすると思うておったか」


 ダナエのよく通る声が会場に響く。


「わらわがいま厄介になっておる、グレイブ・スペランツァ号にはな、数度襲撃があった。いずれもガウディウムを使ったものじゃったが、出力が規格外。どういうことかと一度問い質したくての」


 その迫力に楽団さえも指を口を止め、しん、と静まりかえる。


「確かに、わたくしは新しいエンジンの開発を命じました。燃料資源の乏しい祖国が、輸入に頼らなくてもよい動力があれば、との思いによるものにございます」


 ふむ、とダナエが頷く。

 グレイブ号をはじめとして、移民船に使われているエンジンはブラックホールを使用したもの。しかし、その設置には発電所並の敷地面積が必要になる。

 軍用土木用問わず、ガウディウムの駆動エネルギーは内蔵するバッテリーへ、母船や発電所から照射される重力波で供給されている。

 ならばガウディウム用のバッテリーを一般に、と思いたいが、その出力は一般家庭には不向きであり、仮にリミッターを付けたとしてもそのコストは一般的な電線に付けられる変圧器と大差無い。


「そのことは姫殿下もご存知のはず。パライオンと共同で開発することも含めて陛下から賜った承認も正式なもの。まさかグレイブ号への襲撃にわたくしたちが関与していると、おっしゃられるのですか?」


 堂々と。

 一切のよどみなくレイナは言い放った。

そうこなくてはつまらぬ、とダナエは内心ほくそ笑む。


「だれもそこまで申しておらぬ。気を悪くしたのなら許すがよい」

「こちらこそ姫殿下を疑う発言をしてしまいました。ご容赦を」


 よいよ、と片手をあげて返し、ダナエは水をひと口。


「確かにこの地は水を含めて食物の質が良くない。はっきり言えば悪いの。此度の料理は十分に満足したが、それは料理人の腕の賜物。かように美味なる食事、感謝するぞえ」


 水の入ったグラスを掲げ、場を和ませてからダナエはメイド長に目配せをする。

 銀にも見える白髪は年齢を感じさせないたっぷりな量。抗わず素直に年齢を重ねてきたことがその言動の端々に見える彼女は、品良く纏った濃紺のイブニングドレスを衣擦れの音もさせず足元のバッグから端末を取り出し、操作する。


「さりとて、わらわたちは確認せねばならぬことがある」


 と、出席者全員の手元にホロ・ウィンドウが現れ、映像を映し出す。

 それは、アンドレイアの交戦記録だった。


「作業用ガウディウムに付けてある、ドライブレコーダー程度のカメラ故、音声は入っておらぬが許されよ」


 元の映像にはヒビキたちの音声もしっかり録音されているが、さすがに子供を戦わせていることを公にするわけにもいかないため、方便を使った。


「視て分かる通り、通常の軍用ガウディウムよりも遙かに高い出力を見せておる。そして現在、通常以上の出力を出せる動力機関を開発しておるのはパライオンだけ。故に今回の表敬訪問となったのじゃ」


 カーラが立ち上がる。

 彼女はアイヴォリーを基調としたスーツ。

 すらりと長い足の彼女にはパンツルックがよく映える。

 普段は薄化粧で済ませているが、今日はばっちりフルメイク。久々でやり方忘れちゃったわよ、と抵抗してみたが、あれよあれよとメイドたちに施され、鏡を見たときは自分なのかどうかも分からなかった。

 ちなみに、母上に似合うドレスも用意したぞ、とダナエはしつこく迫ったが、あたしはこっちがいいの、と断固として拒否してのスーツだ。

 なぜなら、胸元と背中の大きく開いた深紅のドレスだったからだ。

 赤系統の色は好みであるため、ろくに確認せずに試着したはいいが、ヒビキが顔を真っ赤にして逃げ出してようやくデザインの派手さに気付き、慌てて脱いでいた。

 なのでパライオン側の許可を得ての衣装だ。


「ご存じかは分かりませんが、私たちの船の乗員は老人が大半です。


 あたしの息子は原因不明の病に冒されています。

 攻撃は乗員の懸命の努力によって退けてはいますが、いつまで保つか分かりません。一刻も早く止めさせたいのです」


 立ち上がって、深く頭を下げる。


「皆様を疑っているわけではありません。なにか情報があれば、それを提供して頂きたいのです」


 真摯な口調に、レイナ以外の政府高官は困ったように視線を交わし、それはすぐにレイナへと向けられた。

 それを待っていたかのように、レイナは口を開く。

 なぜかダナエを憎悪一色の瞳で睨みながら。


「それは、ご苦労なさったことでしょう。わたくしも、まだ幼い時分の我が子を病で亡くしていますから、カーラ船長の苦しみも、幾ばくかはわかるつもりです」


 ひと目で作り物だとわかる笑みを湛えながら、その奥ではダナエを睨むことを止めない、

 ダナエ自身はその憎悪を涼やかに受け流しているが、憑依しているイスファはひどく動揺している。

 やはりか、とダナエは得心し、ゆっくりと自分の腹を撫でた。


「さりとて、わたくし共が開発している内燃機関はまだ未完成。ましてやガウディウムの動力に使うなど、とてもできない相談です」


 いやそうじゃなく、とカーラが口にするよりも早く、


「皆様の食事には毒を入れてある、としたらどうなさいますか?」

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