第13話 少年と魔素機関

『ああ。行くぞ!』


 どんっ! と爆発でも起こったかのような速度でバリエンテが迫る。前回のようなカウンター主体の攻めはもう期待できない。


『くっ!』


 前回のように、突きによって伸びきった腕を絡め取ろうとしたのは大きな判断ミスだった。腕が伸びきる寸前、バリエンテは槍を横凪に払い、アンドレイアをはじき飛ばす。

 転がりながらバリエンテを探す。


『おおおっ!』


 すぐ上。穂先を下に、両手で束を持った体勢で追撃に入っていた。


『わわわっ!』


 止まりかけていた回転力を自力で追加してその場から離れ、追撃は逃れる。立ち上がって反撃。地面に深く刺さった槍はそのままに、今度は盾で殴りつけてきた。


『がっ!』


 横っ腹へしたたかに叩き付けられ、アンドレイアの胸部で操縦するふたりも激しく揺さぶられる。足元をふらつかせながらもヒビキはどうにか間合いを大きく取り、構えつつ操縦席を振り返る。

 ヒビキはシートベルトをしているからまだいいが、いまの盾での攻撃はダナエには危険だ。


「ダナエ!」

「す、少しくらくらするが問題ない。ヒビキのヘルメットを拝借しておいて助かったの」


 一体いつの間に、と思うほど自然にダナエは普段ヒビキが鉱山作業用に使っている、ライト付きのオレンジ色のヘルメットを装着していた。


「もう少し、暴れるけど平気?」

「無論じゃ。ヒビキの攻め、全て受けきってみせよう」


 なにか違う意味も含まれていそうな気がしたが、うまく言葉に出来なかったのですぐに忘れ、バリエンテに向き直る。


『魔素機関、全力運転!』


 ガウディウムは普段、母船あるいは発電所からの重力波による電力供給を受けて稼働している。そこへヒビキが考案し、メカマンたちが総力をあげて完成させた魔素を使ったエンジンを搭載し、さらなる出力の向上を図った。


『ヒビキくん、気をつけて。この機関はまだ慣らし運転もやっていない未完成品だ。あまり長時間の使用は控えること。いいね』


 通信はメカマンのチーフからだ。

 カーラと同い年で、飲み友達らしく、時折渡瀬家に来ては朝まで飲み明かしているが、仕事は早く手堅い職人気質。ヒビキも安心してアンドレイアを預けている。


「分かってます。ありがとうございます、チーフ」


 気をつけて、と言い残してチーフは通信を切った。


『わあああっ!』


 ペンダントにしている魔素と、アンドレイア自身が共鳴するように赤く輝き、その場から姿を消す。


『くっ!』


 カウンターではなく、盾によるガードをヴィルトガントは選択。初撃は盾に入る。拳の形に凹む。大きく後ずさるが耐えるバリエンテ。槍による突きと回し蹴りが火花を散らしながら交差。蹴りは盾に、槍は空を切る。


『だああっ!』


 蹴りを振り抜き、バリエンテを仰向けに転倒させる。


『これ、邪魔!』


 一番邪魔な盾を掴み、強引に引き剥がす。放り投げた盾はグレイブ号と自分たちの中間地点に突き刺さり、依然として消火活動にあたっていたロボットたちを混乱させた。

 ロボットたちへ小さく謝ってヒビキはバリエンテに馬乗りになる。


『これでもういいでしょう。ぼくの勝ちです』


 ばしゅん、と胸部ハッチを開き、ヒビキはバリエンテのオレンジ色の腹部へ降り立つ。


『まだだ』

「ぼくにはこのままバリエンテを潰すことだって出来るんですよ!?」


 脅しで無い証拠のためにヒビキはアンドレイアに、まだ槍を握っていたバリエンテの右手を砕かせる。


『まだだ!』

「なんで、こうまでして……」


 バリエンテの腹の上で、ヒビキはへたりこんでしまった。

 同時にバリエンテの胸部ハッチが開く。出てきたのは、アルカだった。


「これ以上、大佐をいじめないで!」


 両手を大きく広げ、震える声で叫ぶ姿はあまりにもいじましくて。

 なんでアルカがここに、とは思ったが、理由はダナエのそれと大差ないだろうとすぐに考えるのを止めた。


「もう止めましょう。ぼくの勝ちです。だから、アルカくんも一緒に、ぼくたちの船に」

 そこでやっと、ヴィルトガントも姿を見せる。額から赤い筋がひとつ流れている。自分がやったんだ、とヒビキは唇を噛みしめた。

「私は勝たねばならん。だが」


 後ろからそっとアルカを抱き上げ、自分の左腕に座らせる。


「アルカを引き取ってくれるのなら、それだけでも」

「やだ!」

「アルカ。お前はもう苦しまなくていいんだ」

「やだ! ぼくは大佐と一緒に居たいんだ! なんで大佐までそんなこと言うの!」


 困り果てるヴィルトガントに、アルカはぽかぽかと殴りつける。だがそれもすぐに止み、大声で泣き出してしまった。

 ヒビキもどうしていいか分からず、ただふたりを見つめることしか出来なかった。


「下がろうぞ、ヒビキ」


 ぽん、と肩に優しく触れる手に、ヒビキは振り返る。


「でも」

「他者からどう見えようとも、安住の地、というものは必要なのじゃ。そこについて他者であるわらわたちがどうこう言って良いものではない」

「でも、ぼくは」


 もう一度ふたりに手を差し伸べた瞬間、アンドレイアの操縦席から非常通信が入る。


『現在この区域に、軍用ガウディウムが接近しています。登録名スキアー。前回会敵した黒いガウディウムです!』


 あいつが、と反射的にダナエの手を取ってアンドレイアの操縦席に駆け戻る。


『アンドレイア、もう少しだけ、お願い』


 言ってバリエンテから飛び退き、ダッシュボードの位置にあるレーダーを視界の隅に収めながら構える。後ろ。振り返った時にはもう、仰向けになっているバリエンテの頭部付近に、黒いガウディウムが佇んでいた。


『なぜ、魔素機関を使わなかったのです』


 ゼクレティアとか呼ばれていた軍服女の声だ。

 その色は深い失望に包まれ、言葉の端々にため息が紛れているようにヒビキは感じた。


『何の用だ、ゼクレティア』


 味方であるはずのスキアーが来たと言うのに、ヴィルトガントはアルカを抱いたままバリエンテの操縦席に戻り、ハッチを閉め、あぐらをかいているような姿勢で座らせた。

 上官であるヴィルトガントの問いには答えず、ゼクレティアは淡々と告げた。


『アルカ。レイナ様からの勅命です』

『待てゼクレティア! 言うんじゃない!』

『結果が出せないのならば、組織は解体。大佐を含めた組織の全てを、処分する』


 なにそれ、と呟いたのはヒビキだった。

 ヴィルトガントは、新型機関の開発中止を要求していた。その彼がこうして自分たちの前に現れたと言うことは交渉は失敗したと言うこと。

 おそらく交渉の際に、いまゼクレティアが言ったようなことが彼に突きつけられたのだろう。だから遺跡を破壊し、草原に火まで放った。

 理屈は分かるけれど、どうしても納得ができない。


『言ってくれれば、ぼくだって協力ぐらい』


 提案を威圧をもって跳ね返したのはゼクレティアだった。


『部外者は黙っていろ。お前はあとで私が直接、』


 大の大人でさえ怯むような怒気が不意に止まった。

 あぐらをかいていたはずのバリエンテが立ち上がり、ふらりと一歩踏み出す。

 ゼクレティアの方へ。


『大佐を、ぼくの居場所を壊すなぁあああっ!』


 雄叫びを聞いてやっと思い出した。

 最初に決闘としてヴィルトガントと闘った時に聞こえていた男の子の声。あれは、アルカのものだったのだ。あのときからずっと、アルカとヴィルトガントは一緒に戦っていたのだ。


『止めろ! お前はもう!』


 ヴィルトガントの制止は、直後にバリエンテから放出された赤い輝きによってかき消されてしまう。

 放出された赤い光はスキアーを、アンドレイアをのみ込み、遺跡全体に広がっていった。

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