第7話 少年と旅立ち

『行きます!』


 グレイブ号と採掘現場の狭間にある荒野。そこが決闘の場所に選ばれた。


『来い!』


 ヒビキが乗る重機の装備は二本腕のみ。

 対する、ヴィルトガントが操る機体、バリエンテは、手加減したと思われるのは不都合だからと、自身をすっぽり覆う大盾と紡錘型の槍を装備している。そのシルエットも含めて、中世の騎士のようだと誰もが思った。

 獲物の長さだけでも圧倒的に不利だが、そこは知恵と工夫でどうにかしてみせる。


『だああっ!』


 まずは無限軌道によるダッシュで間合いを詰める。砂塵が派手に舞い上がり、見物に外に出た船員たちが思わずむせる。バリエンテは動かない。ならばカウンターを狙っているということ。


 ─この決闘で、私は負けなければいけません。


 秘匿回線でヴィルトガントはそう切り出した。


 ─ですが、ただ棒立ちしているつもりもありません。


 全力で闘うと彼は言った。

 だから自分も、考えつくことは全部やってみせる。

 バリエンテの間合いまで、あと二秒。一秒。いまだ!


『せえっ!』


 直前で九〇度ターン。砂塵をバリエンテにぶちまける。

 壁のように舞い上がった砂塵に、バリエンテの姿が完全に見えなくなる。

 煙幕か、とオペラグラスで見物しているダナエが膝を打つ。


『この程度!』


 槍が砂塵を突き破って飛び出してくる。しかしヒビキの重機はそこにいない。後ろか、と振り返ったそこに、


『こっちです!』


 上。六つ足を大きく広げ、獲物に襲いかかる蜘蛛のようにバリエンテへのしかかる。


『このっ!』


 バリエンテが突き出したのは槍、ではなく盾。槍は地面に突き刺し、両手で盾を持ち、


『おおおおっ!』


 全力で押し返した。


『わわわっ!』


 中空でバランスを崩しながらもヒビキは機体の四つ足を器用に使って着地。すぐさま無限軌道に切り替えて距離を取る。


『させん!』


 すぐさま体勢を立て直したバリエンテが、地面に突き刺した槍を投擲。ヒビキの進路上に突き刺ささり、一瞬動きを止めさせる。即座に四つ足を出して方向転換しつつ間合いを完全に離す。ちょこまかと動いてなんだか可愛い、と黄色い声が上がる。

 仕切り直しだ。


 ─私は特命により新型のエンジンとガウディウムの開発を指揮しています。

   ですが、私としてはこの計画を破棄、最低でも再考に持ち込みたいと考えています。

   そのためには、この試作機バリエンテが、土木用ガウディウムに劣る性能しか出せなかった、という結果が欲しいのです。


 今回の決闘はそれが目的だ。

 無論、グレイブ号にも利点はある。


 ─もし引き受けて下さるのなら、わたくしが個人的に懇意にしている農園から新鮮な野菜や果物を、物資として十分な量を贈呈します。


 生鮮食品は、ある程度グレイブ号でも自作できるが、どうしても種類や品質は固定されてしまう。

 旅を続けながらも各地で拾い集めた実や種を船の畑に植えても、土地が合わないのか、この星の在来種はうまく根付かなかった。

 その辺りは今後の品種改良を待つとしても、いま食卓に欲しいのは目新しさだ。

 カーラは、ヒビキの命は絶対に守ることを条件としてこの条件を飲み、決闘が始まったのだ。


『行きます!』


 再度、ヒビキが無限軌道で加速。バリエンテはあくまでカウンター主体の攻撃しかしてこない手筈になっているので、こちらから動くしかない。

 だがヒビキは渋った。

 ダナエが襲われているわけでもないのに、と。


『現状、ヴィルトガントの願いを聞き届けねばわらわたちは動けぬ。これはわらわを人質に取られているようなもの、と考えてはもらえぬか?』


 そう言われ、ヒビキは立ち上がった。


『すまぬ。わらわにもっと力があれば、言葉ひとつで追い払えたものを。ヒビキに苦労をかけてしまう』


 謝らないで、と言うヒビキにダナエは胸ポケットから魔素と紐を取り出し、器用に結びつけてペンダントに仕立てた。


『いまのわらわがヒビキに渡せるものはこれぐらいじゃ。神仏が宿っておるとは言わぬが、わらわの祈りはたっぷり込めた。どうかお守りにしてくりゃれ』


 うん、と頷いたヒビキを抱きしめたのはカーラだった。


『あたしもごめん。あんたに怖い目に遭わせなきゃいけない。本当にイヤだったら、いまからでも止めていいんだからね』


 大丈夫だよ、と笑って返し、ヒビキは重機の格納庫へ向かい、そしてヴィルトガントとの一騎打ちを始め、いまに至る。


『わああっ!』


 先ほどと同じように真っ直ぐ正面に突き進む。少年らしくていい攻めだが、あれでは単調すぎる。と誰もが心配したのも束の間。槍を持つ右手側へと急速に回り込む。急加速とそれに伴う砂塵の煙幕により、一瞬見失う。


『おおおっ!』


 戦士の勘だけを頼りに突きを放つバリエンテ。


『それ!』


 槍と共に突き出され、伸びきった右腕をヒビキは絡め取る。そしてそのまま、肘関節を極めながら一本背負いの要領で投げ、うつ伏せに地面に叩き付ける。


『一本! それまで!』


 見届け人を買って出たカーラが叫ぶ。


『ありがとう。これで開発中止を進言できる』


 ごろりと大の字になりながら、ヴィルトガントは晴れ晴れとした口調で言った。


『それは、なによりです』


 闘って勝てたことよりも、自分が誰かの役に立てた。

 そのことがなによりも、嬉しかった。




 その後、駆動系には異常を来さなかったバリエンテを駆り、ヴィルトガントは去って行った。彼と入れ替わりで大型の輸送機が一機、大量の食材を運んできたことは、カーラたちを驚かせた。

 ヒビキは搬入作業で追われるクルーたちを邪魔しないように船に戻り、待ち構えていたメカマンたちに重機を預け、自室へ続く通路へ入った。


「見事じゃったぞ、ヒビキ。不調はないかえ?」


 カーラは搬入された物資の確認などで忙しく、直接出迎えてくれたのはダナエだった。


「うん。大丈夫。どこも苦しくないよ」


 ほら、と力こぶを作って見せるヒビキ。


『いますぐ医務室行って診察してもらいなさい』


 ダナエが小脇に抱えていたタブレットから、カーラが忠告する。


「うん。母さんも無理しないでね」


 ありがと、と言い残して通信は切れる。

 ふたりが残された通路は薄暗く、人気(ひとけ)も少ない。ヒビキはそれを確認すると、声を潜めてダナエに言う。


「ねえダナエ、ちょっと変なこと聞くけど、いい?」

「なんじゃ急に」


 んっとね、とためらいがちに、ヒビキは言う。


「気のせいなのかな、ってずっと思ってたけど、でもやっぱり聞こえたんだ。あのガウディウムから、なにを喋ってるのかまでは聞き取れなかったけど、おとこのこの声が。ダナエには聞こえなかった?」


 ダナエの驚いた顔なんてはじめて見た。


「不思議なこともあるのじゃのう」

「でしょ? ぼくの重機は何も記録してないから、気のせいなのかなって思いたいんだけどさ」

「ヒビキが嫌悪感を抱いておらぬ、ということは悪いことでは無さそうじゃの。あるいは、戦闘に集中して自分を俯瞰で見た時に聞いたヒビキ自身の声かも知れぬ」

「ぼくの声だったら分かるよ」

「いや、自分の声というものは、存外自分のイメージとは違うものじゃよ」


 ふうん、と答えてヒビキはこの話題を打ち切った。


「じゃあぼくは医務室に行ってくるね。ダナエはどうするの?」

「無論ヒビキに付き添うぞ。戦い終えた騎士を出迎えた姫としての役目じゃからの」


 ふふ、と笑って、ヒビキは廊下の壁に肩を預ける。


「ありがと。ほんとは、誰かに付いていてもらわないとダメなぐらい、疲れてたんだ」

「ならばゆっくりと行こう。どれ、肩を貸そうぞ」

「い、いいよ。そこまでされるのは、恥ずかしいから」

「なんじゃそれは。難しいことを申すな」


 苦笑しつつ、ダナエは廊下の出口近くに設置してある船内通信用の赤い受話器を取り、医務室へ車いすの手配をする。


「……ごめん、ダナエの顔見てたら、安心しちゃった。ちょっと、寝るね……」

 そのままずるずると崩れ落ち、すぐにすやすやと眠り付いてしまった。


 医務室で眼が覚めた時、カーラからこっぴどく怒られたことは言うまでも無い。


    *


 全長一キロメートルの扁平な四角錐。グレイブ・スペランツァ号の外観をひと言で表すとそうなる。

 かつては星の海を渡り、いまは星の上を奔る船。


「総員配置完了」

「動力伝達系、および電装系に問題なし」

「接近する艦影および機影なし」

「エンジン出力一〇三パーセント。船長、いつでもいけます」


 もたらされる報告に全て頷き、船橋(ブリッヂ)に立つカーラはマイクを手に取る。


「えー、カーラです。一日遅れましたがどうにか今日出発します。遅れた分、おいしい物もたくさんもらえたので良しとしましょう」


 くすくすと船橋から笑い声が漏れる。


「とにかく、次の目的地でなにが待ってるかは分かりませんが、やっぱりまだワクワクは止まりません。ヒビキが大人になれる可能性にも心躍ってます。

 それはそれとして皆さん。決してヒビキのため、とか気負うことはしないでください。

 普段以上の力なんて出さなくても皆さんはとても優秀です。

 頑張りすぎて大事なときに体力が無い、なんてことのないよう、各員体調には十分留意してください。

 えーと、もっと喋りたいことはありますけど、挨拶はこのぐらいにします。

 ブリッヂクルーが、長話するな、と視線で訴えてきていますので」

 こほん、と咳払いをして。


「では、グレイブ・スペランツァ号、発進!」


 アイマム! とクルーが唱和する。

 熟練の技術と連携により、巨大な船体がふわりと浮かび上がる。そう思った次の瞬間にはイスファと出会った採掘場を見下ろすほどに高く上昇。そのまま、強い陽光を反射しつつ巨大な船体が大きく反転する。


「いってきまーーーすっ!」


 晴れ晴れとした笑顔でカーラは手を振る。

 この旅の果てに幸いが待つよう、願いながら。

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