第2話 少年と軍用ガウディウム
『そこの土木用ガウディウム! いますぐ動きを止め、姫殿下を解放しろ!』
大音声で呼び止められ、ヒビキは思わず身をすくめた。
「うるさいのう。崩落しても知らぬぞ」
眉根を寄せながら後ろを睨み付ける少女。その視線を追ってヒビキは機体の下半身はそのまま、上半身だけをぐるりと反転させて振り返る。
そこにいたのはひと目で軍用とわかる機体。右手にナイフ。左肩には二連装ロケットランチャーを担いでいる。
さっきの爆発はきっとこのミサイルが原因、とヒビキは予想。機体のセンサーも、ランチャーから僅かな硝煙反応を感知している。こんな場所で、しかも生身の女の子相手に撃つなんて、と怒りが沸く。
でもなんであんなものが、と思ったヒビキの口から出た言葉は、全く違うものだった。
「姫殿下、ってきみのこと?」
「うむ。わらわはダナエ・ロニ・セネカ。リングラウズの姫じゃ」
ならこんなしゃべり方なのも納得が出来る。
「えっと、あのガウディウムは悪いひとに見えないけど、きみは追われてるんだよね?」
軍用機からの音声に高圧的なものは感じなかった。
「うむ。あやつは悪漢ではないが、いささか頭が固くての。上からの命令には逆らえぬのじゃ」
「なんで追われてるの?」
「いまは言えぬ。そちたちを巻き込む可能性があるからの。とりあえずいまはここから逃がしてくりゃればよい」
む、とヒビキは口をへの字に曲げる。
「ここから逃がしても、きっとまた追われるんでしょ? だったら駄目だよ。最後までぼくが守る」
迷いの無いヒビキの言葉に、ダナエは朱に染まった頬を両手で押さえる。やがて慈愛に満ちた笑みをヒビキに向ける。
「やはりヒビキはわらわが見立てた通りの男の子じゃ。嬉しいぞ」
初対面のはずだよね、と首を傾げつつ、ヒビキは操縦桿を握る。
「? うん。だから、急ぐよ」
背後のガウディウムへの警戒はそのままに、機体の右前足を動かす。
『動くなと言った!』
どしゅ、と左肩のランチャーが火を噴く。
また撃った、と怒りに満ちた視線を浴びせながらヒビキは機体の両腕を交差させて防御。しかし放たれたミサイルは、自分とジノの機体の中間の天井に命中。轟音と爆煙の後に天井は崩落し、ジノと完全に分断されてしまった。
『ヒビキ無事か!?』
即座にジノから通信が入る。
「うん。ジノさんも大丈夫みたいで良かった」
ヒビキの機体に装備されているセンサーは、カーラの押しつけで軍用と同じ性能を持たせてある。こういうときは助かるけど、採掘作業をしているときは過敏さと情報量の多さから少し酔って困る。なので作業中は半分以上をカットしている。
『いまひとを集めてここ掘り返すから、待ってろ!』
「うん。わかった。でも、どうなるか分からないから、早くお願い!」
言いつつ改めて軍用機と状況を観察する。
身長はこちらとほぼ同じ。しかし横幅は六本脚のこちらの方が広い。
この五番坑道も、多脚型重機が余裕をもってすれ違えるだけの幅はある。天井も、息苦しさは感じない。背後は壁。奥行きをセンサーで測る。うまくすり抜けられれば、約三十メートル先で十三番坑道に繋がっていると分かる。
それしかない。
手元に坑道の地図を表示し、手振りで自分の考えをダナエに提示。最悪はこのルートで逃げる、と小声で添えて。
「よいよ。ヒビキの思うようにしてくりゃれ」
ありがと、と返し、同じ内容のメールを念のため秘匿回線を使って母カーラに送る。
これであとは、と正面のガウディウムを見る。
『こちらは、リングラウズ王国陸軍特務隊所属ヴィルトガントだ。重機の操縦者、聞こえていたら返事をしてほしい。……こんな武装をしておいて言えた立場ではないが、危害を加えるつもりは無い』
声音や、両手を広げたガウディウムの仕草から、本当に敵意は無いのだと判断したヒビキだが、口をついて出たのは。
「あなたはいいひとだと思います。でも、そんなおっかないものを使って女の子を追い回していたことはどうしても許せません。ダナエは、ぼくが守ります」
ならば、とヴィルトガントは左肩のランチャーをパージ。どすん、と落ちたランチャーには目もくれずにナイフを右肩のラックに収納し、両腕を大きく開いて構え、突進してくる。
「そういうところが、信用できないんです」
つぶやいてヒビキも両腕を扱う操縦桿を握り直す。ガウディウムが来る。激しい金属音。組み合う二機。
「いきなり女の肩を掴もうとするとは、無礼が過ぎるぞヴィルトガント」
『わたしも心苦しいのです!』
ダナエの非難にも怯まず、ガウディウムは凄まじいパワーでヒビキの重機を壁に押さえ付け、動きを封じる。
「このっ!」
ヒビキは両前足を持ち上げ、ガウディウムの脚を双手刈りの要領で掬う。
『うおおっ?!』
バランスを崩し、尻餅をつくガウディウム。そこを逃さず一気に押し倒し、踏み越えて一気に坑道の奥へと向かう。
「逃げるよ!」
「うむ。頼む」
メーター類の脇にあるスイッチの一つを押す。と、重機の六本脚が器用に折り畳まれ、胴体下部に収納されていた無限軌道が飛び出す。ダナエが視線を横にやると、操縦席の窓から畳まれた脚の一部が見える。
「おお、すごいの」
手元のメーター類の脇にある小型モニターに現在の重機の状態が示され、ダナエは感嘆する。
ぎゃりぎゃりと砂礫を巻き上げながら、一気にトップギアに入れた無限軌道はふたりを坑道の奥へと運ぶ。
『お待ちください、姫殿下!』
砂礫を全身に浴びながら立ち上がったガウディウムもまた速度を上げ、ジャンプ。ヒビキたちの重機の屋根に覆い被さるようにして着地した。
「離せ!」
『離すか!』
めちゃくちゃに上半身を左右に振っても、急発進と急制動を繰り返しても、ガウディウムはがっしりと掴んで離さない。
「なんでそこまでするんです!」
『話す必要はない! 姫殿下を解放すれば、ここから離れると約束する!』
「いやです!」
『だったら、少し怖い思いをしてもらう!』
屋根部分にしがみついたまま、ガウディウムは右拳を振り上げ、激しく殴りつける。
「狼藉が過ぎるぞ! ヴィルトガント!」
激しい揺れに、しかしダナエは動ずることなく叱責する。
『ならば早く出てきてください!』
「いやじゃ。わらわはヒビキと共にいくと決めたのじゃからの」
くふふ、と子猫のように笑い、背もたれからヒビキをのぞき込む。
「怖いかえ?」
「うん。でもダナエの方がもっと怖いと思うから、大丈夫」
「すまぬの」
そうつぶやくように言って、自身の右手をそっとヒビキの手に添える。
「わ、な、なに! 危ないよ!」
「少しでも、ヒビキの勇気になればと思うてな」
正直に言えば、ダナエが思っているほどの恐怖をヒビキは感じていない。
むしろ、物語のヒーローになったような気持ちになって、興奮していたぐらいだ。
けれど、重ねられたダナエの手からは、はっきりと恐怖を感じた。
だから、絶対に守らなきゃいけないと強く思った。
瞬間。
「え?」
ダナエの胸ポケットが輝きだした。
『驚いた。君たちに魔素が使えるなんて』
屋根で暴れるガウディウムからのそれとは全く違う声が、操縦席に、そして坑道全体に広がった。
「え、だ、誰?」
『そこだと少し安定できないんだ。招待するよ』
そう聞こえた瞬間、二機を、漆黒の膜が包み込んだ。
* * *
惑星テイア。
人類が母星に別れを告げ、星々に自らの種を蒔く旅を開始して五〇〇年あまり。
様々な星に立ち寄り、種を蒔き、その星に眠る無機物有機物を利用して修理や改修を行ってきた移民船、ブリズエール号も五〇〇年の長旅からついに限界と判断され、最も手近にあったテイアへ進路を取った。
通例通り調査を行った結果、テラフォーミングが不要なことや、先住文明の遺跡が各地に点在はしていたものの、いまは無人であること。
なにより赤い巨大トレーラー型の遺跡も、半分地面に埋まった女神像も発見されなかったことに胸をなで下ろしつつ、人々は地上に降りた。
自分の周りにあるものの三分の二は外の世界にもある。
そんな言葉にもある通り、この惑星テイアにも資源は豊富に存在し、一年もかからないうちに移住が行われた。
が、五〇〇年という時代、二〇を超える世代を重ねた船の乗員たち、特に高齢の者たちからは『船で死にたい』という意見が多数挙げられ、それは根強かった。
恒星間移民船ブリズエール号は、グレイブ・スペランツァ号と銘を改め、それまで行ってきたように地上からの恵みで船を修理しつつ、それぞれの最期が来るその日まで地上を飛び続けることになった。
そして十年。
船やテイアには新しい世代が生まれ、
新しい病が子供達を苦しめ、大人達を悩ませていた。
分かったことはふたつ。いまある技術では手の施しようがない病だと言うことと、
発症から遅くとも三年以内に死亡すること。
つまり、この病にかかったものは大人になれない。
ヒビキは、そういう病を煩っている。
ヒビキは、病のことは知っている。
けれど。
ヒビキは、生きている。
紛れもなく、生きているのだ。
この星、テイアの上で。
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