魔恋希童 アンドレイア

月川 ふ黒ウ

第1話 少年と姫殿下

 荒野が広がっていた。


 赤茶けた大地に風雨に削られた巨石たちが並び立つ荒野。

 樹木は低く、動物たちも小型でどちらもがぽつぽつと見える程度。

 ただでさえ強い日差しは大地からの反射もあってさらに強まり、まともに目を開けていることも辛い。


 そんな赤茶けた荒野の一角に、唐突に見渡す限りの絶壁が現れる。

 崖の根元に開けられた大穴の前では多腕型、多脚型双方の重機が押し合いへし合いしながら出入りし、時にコミカルに作業を続けている。

 その列を追って穴へ入る。

 中ではアリの巣のようにいくつもの坑道が掘られ、重機たちはハタラキアリさながらに整然と採掘作業と運搬作業を行っている。

 坑道のひとつの中で作業する重機の中で、やけに目立つカラーリングの機体がある。

 黄色地に黒の斜線を入れた、建設重機然とした配色。ほかの機体がグレーや茶褐色などの地味なカラーリングが多い中でこんな配色にされて、操縦者であるヒビキは内心恥ずかしく思っている。


『ヒビキ、調子はどう?』


 こんな配色を押しつけてきた母からの通信に、ヒビキは作業を続けながら答える。


「うん。大丈夫だよ。かぁ……ラ船長」


 まだまだ幼さの残る息子からの返事にカーラは苦笑し、続ける。


『あと一時間でお昼休憩だからね。でもちょっとでも具合が悪くなったらすぐに言うのよ』


 心配そうな母の声に、今度はヒビキが苦笑する。


「大丈夫だって。それにぼくばっかり見てると、またミスするよ」

『もう。 昨日のことは早く忘れてよ』


 恥ずかしそうに返すカーラにヒビキは笑って「じゃあ切るよ」と返し、通信を切って作業に戻る。

 瞬間、揺れが坑道を襲い、全員が作業を止める。


「地震?」

『いや、このあたりの地盤は安定している。多分爆発だ』


 応えたのは、すぐ隣の重機で作業をしていたジノ。機体はくすんだオレンジ色の多腕型。角刈りにねじり鉢巻きがトレードマークのいい兄貴分だ。


「爆発ってなんで」


 確かに、採掘作業には爆発物も使う。だが今日は発破作業の予定はないし、爆発性のガスが出たという報告も聞いていない。


『そういやそうだな。アーサー、そっちでなにか感知してないか?』


 ジノが母船と通信を開始する脇でヒビキは自身の機体のセンサーをフル稼働する。感あり。現在自分たちが作業している坑道のすぐ隣の坑道。


「え、悲鳴?」

『なに言ってんだヒビキ? そんな反応なんか無いぞ』

「違うよ。センサーとかじゃない。聞こえたんだ」


 言い終えるよりも早く機体を操り、ざわめく大人たちの重機をかき分けて爆発音の反応があった坑道へ向かう。


『お、おいヒビキ!』


 ジノの制止も耳に入らず、ヒビキは進んでいく。舌打ち混じりにジノは通信機をカーラにつなぎ、叫ぶ。


『ああもう、おいカーラ! 全員に通達! 第五番坑道内で爆発音と悲鳴! 現在オレとヒビキが調査に向かってる! 近くで手が空いてるやつは援護、それ以外は空いてる坑道を全部目視でチェックしろ! 以上!』


 早口で言い終えると同時に通信を切り、ジノもヒビキを追う。

 ヒビキになにかあったら、自分がどうなるか。ジノは身をもって知っている。

 ヒビキも当然心配だが、自分の身も大事だ。

 操縦桿を握るジノの手がいつも以上に熱くなった。




「誰かいますかー? 返事してくださーい」


 坑道の照明に火を入れ、自機のライト群もすべて点灯させてヒビキは愛機とともに坑道の奥へ進む。

 第五番坑道に限らず、坑道は重機がすれ違えるほどに広く、だが舗装はされていないので大小様々な石が転がり、しかも微妙に波打っているので多脚形態でもバランスよく進まないと危険だ。

 それでもヒビキは機体を急がせる。

 爆発音もそうだが、おそらく彼にだけ聞こえた悲鳴が気になって仕方ないのだ。

 自分と同い年ぐらいの女の子の声だったから。

 そこにやましい気持ちは、八歳のヒビキには薄く、純粋に助けたい思いの方が強く出ての行動だ。

 きっとあとで母からこっぴどく叱られるのだろうけど、それでもからだは先に動いていた。


『ヒビキ! そこで止まれ!』


 背後からジノが制止するのと、


「お、おお。そこなるガウディウム。助けてくりゃれ」


 正面から少女が現れたのは同時だった。


『えっと、まずこの子を助けます』


 ヒビキはゆっくりと重機の胴体部分を地面に近づけ、機体の左側にあるハッチを開ける。


「うむ。すまぬの」


 重機のライトに照らされた少女は、オーバーオールにレモンイエローのTシャツとスニーカーを身につけていた。

 少女は典雅におじぎをしてゆっくりと微笑み、でこぼこの地面をバランス悪そうに歩きながらハッチへ近づき、差し伸べられたヒビキの手をしっかりと握って操縦席に入った。


「狭いけどがまんして」

「よいよ。助けてもらって文句を言うような愚行はせぬ」

「でもこんなところでなにやってたの? ヘルメットも付けずに」


 それはの、とオーバーオールの胸ポケットをさぐり、赤い石を取り出した。


「なにこれ。濡れてる……の?」


 ヒビキの掌に乗せられたのは赤い小石。だがしっとりと赤い液体に包まれている。なのに手にその液体が付くことは無い。

 不思議そうにしげしげと石を眺めるヒビキを少女はネコのような微笑みで見つめる。


「おもしろいであろ。わらわはこれを探しておったのじゃ」


 へぇ、と頷いて赤い石を少女に返す。


「ここで見つけたの?」


 いや、と首を振って、


「ここより少し離れた遺跡での。この石を探しているうちに悪漢に襲われ、ここへ逃げてきたのじゃ」

「逃げてきた?」


 なぜか少女は胸を張って宣言する。


「うむ。わらわは追われておる。気をつけるがよい」


 変わったしゃべり方をする子だな、と思いつつ少女の言葉を反芻する。


「え、追われてるって言った?」

「うむ。身内の恥ですまぬがの。いまのわらわは無力。助けてくりゃれ」

「助けるって言うか、逃げることしか出来ないけど、いい?」

「そちたちはグレイブ・スペランツァ号の者であろう。ならばこれ以上の僥倖は無い。頼むぞ、勇敢なの子よ」


 やっぱり変なしゃべり方だな、と思いつつヒビキは四つある操縦桿を器用に操って機体の上半身をぐるりと一八〇度回転させてジノの重機に正対する。


『よし、そのまままっすぐだ。さっきの爆発であちこちもろくなってる。慎重にな』

「うん。大丈夫」


 慎重に一歩踏み出した瞬間、


『そこの土木用ガウディウム! いますぐ動きを止め、姫殿下を解放しろ!』

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