それさえあれば
「ぃがっ!」
巨体の体当たりで、私は簡単に壁に叩きつけられる。この怪物、間違いなく今までの敵より強い。単純に図体が大きいことや場所が狭いこともあって思うように槍も振るえず、身体に刺さっても大きな傷にはならない。
「! ま、ずっ」
慌てて横に飛び退いた。間一髪、私が叩きつけられていた壁に触手の巨体がめり込んだ。そのまま8つの赤い瞳がぎょろりと私を捉える。
強い。間違いなく強い。けれどそれ以上に――私が、弱い。
槍の柄尻がひび割れ、少し曲がっている。魔法少女の「力」が弱まっていた。
この「力」を引き出すのは私の気持ちだってお姉さんは言ってた。「力」が弱まっているのは、私の気持ちがブレているから。
この強敵からあおいちゃんを守れるのか、という不安もある。けれどそれ以上に、もしもあおいちゃんに嫌われていたら、という恐怖が、そのまま私の槍を鈍らせている。
好かれなくても、嫌われても、構わないと思っていたはずだった。そんなこととは関係なくわたしはあおいちゃんが好きで、彼女を守れること自体を喜んでいたはずだった。
なのにチューだとか、デートだとか、まるで気持ちが通じ合っていると錯覚するような経験を経て、私はすっかり欲張りになってしまった。もっともっとと欲張る一方で、失うことが怖くなってしまった。
……もしあおいちゃんに嫌われたら? 気持ち悪いって思われて、挨拶もしてもらえなくなったら?
それでも私は、迷わずあおいちゃんを守れるだろうか……?
「いっ!?」
戦闘中だというのに、一瞬思考に溺れた。その隙を、怪物は逃さない。
突っ込んできた巨体を避けきれず、私は壁に叩きつけられた。怪物は身を引かず、そのまま私を押しつぶすようにぐりぐりと図体をこすりつけてくる。
「が、ふっ」
内臓がズタズタになっている気がする。吐き出したのが胃液か血か、確かめる気にもなれない。
既に槍は消失していて、「力」で編まれているはずの魔法少女の衣装も端から光の粒になって溶け出していた。
もう、ダメかも。
こんなことになるなら、ちゃんと好きって、言っておけば――。
「かえでちゃん!」
聞こえるはずのない声に、遠のきかけた意識がハッと覚醒する。直後、人間大の巨大な緑色の物体がクジラの横っ面にぶち当たった。
怪物は耳障りな悲鳴を上げながら横へと転がり、私は壁から解放される。
「あたしでも抑えとくので精一杯だなぁもう! とどめは任すから、早く立ち直ってよ!」
「おね、さ」
緑の物体の正体に思い当たったけれど、私はもう満足に腕も持ち上げられない有様だ。こんな状態でトドメなんて言われたって……。
「かえでちゃん! わたし、かえでちゃんのこと大好きだから!」
どくん、と心臓が熱くなった。
重たい身体を動かして、声のした方を振り返る。あおいちゃんが、真っ赤な顔で、叫んで、駆け寄ってきて。
「一生懸命守ってくれるかえでちゃんが好き! 不器用だけど優しいかえでちゃんが好き! 丁寧にお話してくれるかえでちゃんが好き! お魚を見てはしゃぐかえでちゃんが好き! だから――」
重かった身体が軽くなる。血を吐いていた身体がみるみる思い通りに動き出す。ゆっくり立ち上がった私に、飛びついてきたあおいちゃんがキスをした。
バチッと、目の前で、頭の中で、青白い光が弾ける。
「お姉さん、どいて」
私の手にはパチパチと音を立てて光る、光の槍。まだわずかにふらつく身体は、あおいちゃんが背中から支えてくれた。
髪の毛を触手にして怪物を押し返していたお姉さんがこちらを振り返り、滑るように横へ。
怪物はお姉さんに見向きもせず、野太い咆哮と共に突進してくる。私は避けない。その場に立ったまま、これまでのように突くための構えではなく槍投げのように片手で光の槍を振りかぶる。
覚悟を力にするために、言葉にする。
「私も、あおいちゃんが好きだよ」
決着は、すぐに着いた。
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