振り返る

 ふらふらと人波に流されて出口へ向かいながら、私は何度も背後を振り返った。かえでちゃんの姿はとっくに見えなくなっている。緩くカーブした水族館の通路は少し進んだだけで通ってきた場所は見えなくなってしまう。


 それでも振り返ってしまうのは、未練だろうか。それとも、不安だろうか。


 かえでちゃんは強い。今までわたしを襲ったどんな怪物も蹴散らしてくれた。蹴散らして、大丈夫だよって頭を撫でてくれた。だから今度も大丈夫、そう思うのに。

 逃げて、と私を押し出したかえでちゃんの不安げな表情が頭をよぎる。その直前、慌てて何かを言いかけていたのも気にかかる。


 ……でも、わたしを守るのはかえでちゃんにとって役目とか使命とか、そういうものなんだって思ったら、わたしにできることなんて彼女の邪魔にならないように遠くへ逃げることだけじゃないの?


「逃げるの?」


 思わず立ち止まってしまった。

 逃げ惑う人波をするりとすり抜けて私の前に現れたのは、派手な緑色の髪のお姉さんだった。見覚えはない、と思うけれど、彼女は間違いなくじっとわたしを見ている。


「今度の敵はちょっと厄介でさ。あたしも助けに入ろうと思ってきたんだけど、かえでちゃんにとってはきっと、貴女がそばにいてくれるのが一番助けになると思うんだけどな」


 知っているんだ。この人はかえでちゃんのことも、あの怪物のことも。


「わたしなんて、いても邪魔になるだけですよ」


「本気でそう思ってるの?」


「だって、かえでちゃんがわたしを守るのは、わたしのためじゃない、から」


「……本当に? よく考えてみた?」


「お姉さんに何がわかるんですか!」


 まるでわたしが考えなしに泣き言を言ってるみたいな、そんな責めるような口調に反射的に噛み付いてしまった。でも、お姉さんは堪えた様子もなくやれやれと首を振る。


「君らは揃って不器用だなあ。……じゃあ一つ、お姉さんがわかってることを教えてあげるよ」


 それを聞いて、もっかい考えてみなよ、と。そう言って、お姉さんは教えてくれた。どうしてわたしを守る役目を、かえでちゃんがしているのか。魔法少女の「力」が、どうやって強まるのか。


「それでも貴女は、ここから逃げるの?」


「……って」


「ん?」


「わたしを、かえでちゃんのところにつれてって!」


「そうこなくっちゃ」


 お姉さんは歯を見せて笑うと、ぎゅるりと髪の毛を伸ばしてわたしを掴み上げた。怖くはない。怖がってなんていられない。わたしは、かえでちゃんと一緒に戦わなくちゃいけないんだから。

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