欲と躊躇い

 かえでちゃんが可愛い。


「あ、あの、あのね、あれね」


 いつもの口下手は発動しているのに目がキラキラしていて、感情に言葉が追いついていない。でも楽しそうで、わくわくしているのが伝わってきて、すっごく可愛い。

 デートの場所は水族館を選んだ。大人しくて頭のいいかえでちゃんに合わせて少しだけ背伸びしたつもりだけど、むしろかえでちゃんはいつもより幼く見えるくらいはしゃいでいて、なんだか新鮮だった。


 ぱたぱたと走り回る様子は他の同級生となにも違わなくて、かえでちゃんはもしかして、いつもは無理してるのかなってちょっと心配になるくらい。でも、こんなに楽しそうにしてくれたら、やっぱり嬉しい。誘ってよかったなって思える。

 一番大きな水槽の前にはたくさんベンチがあって、幸い二人だけで座れる場所が空いていた。わたしたちは並んで座って、のんびりと水槽を眺める。


「あれ、あれ見て!」


 かえでちゃんが指差す先を一緒に見ながら、胸の奥の悶々とした気持ちをぐりぐりとこね回す。

 あの日一度だけ、口を滑らせたように「好き」と言ったきり、かなでちゃんはその言葉を口にしていない。わたしがチューすると嬉しそうにニマニマしてはくれるけれど、学校では相変わらず挨拶もしっかりとは返してくれない。


 今日のデートで、わたしはもう一歩、彼女に近づいてみたいと思っている。


 かえでちゃんは好きだって言ってくれないな、って思ってたけど、思い返せばわたしも言ってない。先に言ったのはかえでちゃんだから、今度はきっとわたしの番なんだ。だからちゃんと、好きだよって言いたい。……告白、したい。


 でも、いざこうしてかえでちゃんを目の前にすると、あんなに胸の内に溢れていた言葉が喉から出てこない。

 かえでちゃんの言った「好き」がどういう意味なのか、確かめたことはない。私の胸にあるこの気持ちと、同じとは限らない。

 かえでちゃんはわたしを守ってくれるって言った。守らなきゃって思った、って。でもそれは、果たしてどちらが先に立った言葉だったんだろう。わたしだから守ってくれるのか、守らなくちゃいけないのがたまたまわたしだったのか。


 ……聞くのが怖い。言うのも怖い。だけど知りたい。


「――ねぇ、かえでちゃん」


「な、なに?」


「あの、さ、なんでわたしのこと、いつも守ってくれるの?」


 ズルいわたしは、安心が欲しくて。告白の答えに先回りして欲しくて、そんなことを聞いてしまった。かえでちゃんは突然の質問にキョトンとしたあと、「え、と」と少しの間をおいて、


「あ、あおいちゃんは、この世界のクサビ? だから、その、守らないとダメだって、お姉さんが、あ、えっと、お姉さんっていうのは」


「……そっか」


 告白、しなくてよかった。

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