ないしょの権利

「はっ、あああ!」


 気合とともに一突き。

 私の槍が突き刺さると風船のようだった触手塊はぶしゅっと中から粘液を吹き出し、だらだらと滴らせながら穴の空いた水風船みたいにしおしおと形を崩していく。その不気味な体液ともども、ぼんやりと赤く光ったかと思えば、すべてが光の粒になって消えていった。


 吹き出した粘液の跡までがキレイに消え去るのを待って、私は警戒を解く。握ったままだった槍が、たった今倒した怪物と同じく光になって消えた。……お姉さんが言っていた「力」というのを利用しているのは、私も、襲ってくるやつらも同じなのかも。


「かえでちゃん」


 背中から声をかけられてびくっとした。怪物と向き合うより、この声に振り返るほうがよほど勇気がいる。


「……あ、えっと」


 最初にあおいちゃんを助けてからもう二ヶ月近くが経つ。こうして怪物との間に割って入り、あおいちゃんを庇って戦ったのも一度や二度じゃない。ばっちり名前を呼ばれているから当たり前だけど、アニメの魔法少女みたいに私の正体に都合よく気づいていないなんてこともない。


 なのに私は、未だにあおいちゃんとお友達にもなれていなかったりする。


 むしろ一度この手で抱きしめてしまったせいであおいちゃんが近くにいると意識するだけで心臓が暴れだして以前にもましてまともに顔も見れない。魔法少女の時でさえそんな状態なのだから、学校でなんて言わずもがな。挨拶のひとつもできな……いや、それはまぁ、今までどおりだけど。


「じ、じゃあ私、もう行――」


「ま、待って」


 いつものように跳んで逃げようとしたらぱしっと手を取られた。


「え、ぁ、の」


 思わず振り返ったらばっちり目があって、慌ててそらした。握られた手は離れない。それどころか逃さないぞとばかりに両手でぎゅっと握り直されてしまった。


「あ、おいちゃ」


「かえでちゃん、だよね」


 確認というよりは、念を押すような断定口調だった。普段の私とこんなヒラヒラの服を着て槍を振り回してる私の顔だけが同じというのはあおいちゃんにしてみたら相当な違和感なのかもしれない。


「う、うん、私だけど」


 誤魔化す訳にもいかずに頷いてしまう。あおいちゃんは表情こそ落ち着いて見えたけれど、私の手を握っているから、震えているのがわかった。……これじゃ、いつものように逃げ出すなんて絶対むりだ。


「あの、あのね、わた、私はその、この力とか、怪物のこともよくわかってなくてね、ただその、あおいちゃんが狙われてるから、守らなくちゃって思った、だけで、だから、説明とかできなくて」


 なんとか不安を和らげてあげたいけれど、もともと口下手なうえに私達の身に降り掛かっている事態について私自身も詳しいことは知らなくて、何をどう伝えたらいいのかがわからない。

 そうやってわたわたする私を見て、ようやくあおいちゃんは強張っていた表情を少し緩めて、くすっと小さく笑った。


「かえでちゃん、だね」


「う、うん?」


「そうやって一生懸命お話してくれるの、かえでちゃんだなって感じがする」


「あ、ぅ……」


 一生懸命お話ししてくれるの、なんて、そんな風に思ってくれてたのが嬉しい。みんなが口下手な私をはっきりしない、めんどくさいって相手にしてくれない中で、そんな風に言われてしまったら、ますます彼女を好きになってしまう。


「あのね、学校では言っていいかわかんなかったから、言わなかったんだけど……」


「ぇ、と、なにかな」


「いつも守ってくれて、ありがとう」


 ぶわっと顔に熱が広がっていく。あおいちゃんが、私の手を握って、笑って、ありがとうって、ありがとうって!


「それで、ね。あの、わたしにも何か、お返しができないかなって」


 気恥ずかしそうにほんのり頬を赤くしながら、あおいちゃんはそう言って「えへへ」と笑う。嬉しい、嬉しすぎる、けど。


「だっ、いじょうぶ、大丈夫だよ? 私が、勝手にやってること、だから、そんな、あおいちゃんに、なにかして欲しいとか、じゃなくて」


「……そうだよね、わたしじゃかえでちゃんの力になれないよね。守ってもらってばっかりだし」


「ち、違うよ! そうじゃなくて、あのね、えっと、私はただあおいちゃんが好きだから、守らなくちゃって思っただけで、だから何かしてもらうとか、そういうのはずるくて」


 あれ、私何言ってる? しゅんとしおれてしまったあおいちゃんを前にして自分でも自分が何を言ってるのかわからない。な、なんか思いっきりとんでもないことを口走ってしまったような気がしたけど、もう数秒前の自分の言葉さえまともに思い出せない。


「すき……?」


「すっ、いや、あの違くて、いや違わない、けど、そうじゃなくて!」


 あああ私ばか! そんなこと言った? 言ったの? 言ったんだよねあおいちゃんのこの反応は!


「じ、じゃあ――これ、助けてくれたお礼ね」


 くっ、と握られた手が少し引かれて、わっ、とちょっぴり前のめりになって、立て直そうと踏ん張って、足に意識が向いている間に、ちゅっとほっぺに柔らかいもの、が――。


「っ!?」


 思わず感触のあった右頬を押さえてしまった。


「い、いま、いまの」


「学校のみんなには、ないしょね?」


 しー、とさっきより赤みの強まった顔で、いたずらっぽく口元に指を立てるあおいちゃん。頭がフラフラになるくらい湯気を立てていた私には当然なにも返せる言葉なんてなかったのだけど、それはともかく。

 この日から、私はあおいちゃんから「お礼」としてほっぺにチューしてもらえる権利を手に入れてしまったのだった。

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