急転

 あおいちゃんは、私の一人だけのお友達。……うそ。私がお友達になりたいなって思ってるだけの、片思い。


 クラスのみんなにうまく馴染めなくて、いつもうまく言葉が出てこない私を、ちゃんと待って、聞いて、笑ってくれる、優しいクラスメイト。


 一年生のときに同じクラスで優しくしてもらって、私達はもう五年生。ずっとずっと、仲良くなりたいなって思いながら、何も出来ずにもうこんなに時間が経ってしまった。その五年生も半分以上終わってしまったのに、私は未だ、あおいちゃんと毎日「おはよう」を言う関係にもなれていない。


 明るい栗色のショートカットにタレ目がちの目元。いつも元気でちょっぴりふわふわした空気をまとっている、どこか掴みどころのない人気者。それが私の見たあおいちゃんだ。


 みんながあおいちゃんと仲良くしたいって思うけど、彼女自身はあっちへフラフラこっちへフラフラ、気の向くままにいろんな人に関わって愛されて、そしてまたフラフラとどこかへ遊びに行ってしまう。そんな、不思議な愛されキャラだった。


「あ、あおいちゃんを守るって、どういうことですか」


 公園のベンチに移動した私とお姉さんは、人二人分程度距離を開けて並んで座っている。距離をとったのはもちろん私だ。すぐ隣に座るのは、やっぱりちょっと怖い。私のことも、アオイちゃんのことも知っている、変なお姉さんなのだ。


「言葉通りの意味。かえでちゃんが魔法少女になって、悪者というか、まぁ怪物? そいつらからあおいちゃんを守って欲しいの」


「わ、訳がわかりません。第一魔法少女とか、怪物とか、そんなのいるわけない、です」


「……そう思う?」


「当たり前です。こ、子供だからって馬鹿にしない、で……」


 たちの悪い冗談はやめてほしい、とうつむいていた顔を無理に持ち上げてお姉さんを睨みつけようとした私は、目の前の光景に固まった。


「怪物なんて、いないと思う?」


 そう言って首を傾げたお姉さんの特徴的な緑色の髪が、まるで意思を持つかのようにぞわぞわと蠢いていた。それらはぞりぞりと何かが擦れ合うような耳障りな音を立てて絡み合い無数の糸のような髪は数十本の触手に変わっていく。

 じゅる、と粘着質な音を立て、触手と触手の間にニチャっと糸の橋が幾本もかかる。一見して粘性のある両生類のような不気味な艶めきを放つそれは、もはやどう見ても「人間の髪の毛」ではない。触手の一本一本が意思を持ったようにあちらこちらへと蠢いて、そのたびにじゅるじゅると粘液を滴らせた。


「っ、あ……」


「怖がらせたいわけじゃないんだけどなぁ……でも、これなら信じてくれるでしょ?」


 やれやれ、と両手のひらを上に向けるお姉さんから、私はずりずりと身体を引きずって距離を取る。走って逃げ出したかったけれど脚が動かない。すぐにベンチの手すりに背中がぶつかって、これ以上距離を取るのは無理だ。

 よく見ると触手はお姉さんの髪の毛だった頃より長い。ぐねぐねと曲がって、鎌首をもたげるようにしているから周囲に広がっていないだけで、伸びれば簡単に私まで届いてしまいそうだ。


「ゃめ、やめてっ!」


「はいやめた」


 お姉さんがパッと両手をこちらに向けて降参のポーズをする、とまばたきする間にうぞうぞと蠢いていた触手はただの髪の毛に戻っていた。


「それで、まだ怪物なんていないと思う?」


「……っ」


 思わず両手で自分の身体を守るように抱いてしまった。全身が汗でじっとりと湿っているのに酷く寒気がして小刻みな震えが止まらない。明らかに、私の生きてきた世界の常識とかけ離れた存在を前にして、恐ろしさに心臓がすくみ上がる。


「そゆこと。あたしみたいなのは、実は結構、この世界に紛れ込んでる」


 お姉さん――自分を怪物だと認めた彼女は人差し指をくるくると回して何もない中空を見上げながら、何か、暗記した知識を披露するような調子で話しだした。


「世界には位相っていうか、異相っていうか、そういうズレた場所があってね?」


「いそ、えっと……?」


 いきなり躓いた私にお姉さんは「あー」とか「えー」とか言葉を探すようにしばらく視線をさまよわせる。


「えっとね、私達が今いる場所、世界そのもの、ここは透明な下敷きの上に描かれた絵みたいなものなの」


「絵、ですか?」


「そう。それでその下敷きは何枚も重なっていて、全部に違う絵が描いてある。それが異相世界、つまりこの世界の隣にある、けれど触ることは絶対できない場所」


「すぐ隣にあるのに、触れない?」


「そうよ。私達は自分のいる下敷きの中なら自由に動き回れるけれど、隣の下敷きの絵には干渉できないの。触るのはもちろん、見ることさえ出来ない。まぁこれはもう理屈じゃなくて、そういうものと思っておいて」


「……わ、わかった」


 なんとか理解した気になって頷く。


「基本的に異相同士はお互いに手を出せない、おっけ? ん。でもひとつ抜け穴があってね、さっきの例えで言ったけど、下敷きは透明なの。だから、絵の描かれてない場所からは、重なった他の下敷きの絵が見えてしまう。わかる?」


「な、なんとなく」


「自分の世界には絵があって、あちらの世界には絵がない、透明の場所。それがいわゆる「抜け穴」でね。誰でもという訳ではないけれど、その場所からなら別の下敷きの絵に入り込むことができてしまう。こっちの世界で言う「神隠し」なんてのは、そうやって別異相に入り込んでしまった例よ」


「なるほど?」


 わかるような、わからないような。とにかく、私達のいる世界とは違う世界があって、本当は行ったり来たりすることは出来ないんだけど、何か特別な場所や条件が揃ったらそれができてしまう事がある、って感じかな。


「うん、その理解でおっけ。で、この先が問題なんだけど」


 そう言ってお姉さんはくるくるしていた指をぴたりと静止させた。ここからが重要らしい。


「異相世界ってのは、隣同士だからって似てるなんてことはないの。そこに生きる存在も、社会も、物理法則だって違っていて当たり前。でも一つだけ共通点があってね、それが世界を繋ぎ止める「楔」の存在」


「くさび……」


 耳慣れない言葉を復唱するとまたお姉さんが「あー」とか「うー」とか唸る。いちいちちゃんと説明してくれるから、やっぱり怖い人じゃないのかな……でも、今の話からすると目の前のこの人は私達と同じ「人間」じゃないんだよね?


「この世界をこの形で繋ぎ止めてるものっていうか、複数の異相世界に貫通する芯っていうか、えーとなんて言えばいいかなぁ」


「とにかく大事な物、なんですよね?」


「そりゃあね。楔が壊れると世界は形を留めておけなくなって、別の異相に吸収されちゃうのよ。その過程でどんな変化が起こるかは未知数だし。ただ、楔それ自体が強大な力の塊なのは確かよ。だからそれを目当てに他所の異相から楔を奪おうとする輩は後を絶たない」


 お姉さんは本来そういうタチなのか、早口で捲し立てるように話す。私に説明しているというよりは聞かれたことに答えながら自分の言葉で脳内を整理している感じに見えた。なんとか聞き取れた言葉を私なりに飲み込もうとして、もしかして、と一つの可能性に思い至る。


「あ、あの、もしかしてそのクサビ? って、モノじゃなくて人だったり……」


「楔の形は様々だし、ほとんどランダムね。法則や基準はあるのかもしれないけれど、少なくとも今の所は確認されてないわ。生き物の場合もあるし無機物や液体の場合もある。酷いときには実態のない「概念」だった例もあるわ」


 生き物。当然そこにはヒトも含まれるんだと思う。そしてお姉さんは私にこの世界とクサビの話をして、あおいちゃんを守ってほしいと言っていた。それはつまり。


「あおいちゃんが、その、クサビ、なんですか?」


「正解」


 お姉さんはあっさりと頷いた。


「妻神あおいちゃんはこの世界の楔よ。楔は複数あるから彼女だけという訳ではないけれど、楔は一つ壊すだけでも大きな「力」を放出するわ。それを狙う者が彼女を放っておくはずがない」


「そんな、あおいちゃんが襲われる、なんて」


「だから、彼女を守ってくれる存在が必要だと思わない?」


「そ、れは……でも、私じゃなくても、お姉さんがやればいいんじゃ」


「もちろん私もやるけど、あいにく私が監視しているのはこの街だけじゃないのよ。だからいつでもどこにでも目を配れる訳じゃないし、異相からこっちへきた連中に気づいても、同時に動かれたら片方しか対処できないでしょ? だから、監視役の私以外に、あおいちゃんを守ることに集中できる仲間が欲しいの」


「お、お姉さんのお友達とか、は……」


「残念ながら少数精鋭でね。この世界にいるのが私だけって訳じゃあないけど、よっぽどのことがない限り私らは自分の管轄エリアを離れられないよ。逆に言えばその「よっぽど」があれば私だってこの一帯を出なきゃいけないかも知れない。その時、あおいちゃんを守る人がいなくなってもいい?」


「だ、ダメ! そんなの、ダメ、です」


「でしょう。だから貴女に、その役目をお願いしたいの」


「…………」


 このお姉さん側の動機はとりあえずわかった。難しい話しもあったけど、とにかくあおいちゃんがずっと狙われていて、それを一緒に守る仲間が欲しい、ってことらしい。

 でも、わからないことがまだ一つ。


「なんで」


「ん?」


「なんで、私なんですか?」


 そう、それがわからない。お姉さんの仲間のヒトは遠くの場所や違う世界にいて簡単には呼べないのかも知れない。でも、この世界、この街に限ってみたって人はたくさんいるのに。どうしてその中で目立つわけでもないただの小学生の私を選んだのかがわからない。もっと強そうな、大人の人とかにすればいい話じゃないの? って思う。

 でも、そんな私の疑問にお姉さんはさも当然のようにさらりと答えた。


「なぜって、かえでちゃんが世界で一番あおいちゃんを好きだからだけど?」


「……………………え?」


 理解するのに数秒かかった。いや、数秒かかってどうにか言葉は飲み込んだけど、その意味をちゃんと理解できたとは言えない気がする。


 大好き? 私があおいちゃんを? いや、そりゃ、うん、す、すす、好き、好きだけど? だけどなに、世界で一番とか、なんでわかるのとか、っていうか、好きとか嫌いとかそういう問題なの? とか。

 じゅわぁ、と顔が熱くなっていく私の反応を気にする様子もなく、お姉さんは変わらず眠そうな目つきのまま淡々と説明する。


「そういう問題だよ。だってあおいちゃんになって欲しいのは魔法少女だからね」


 お姉さんはまたピッと指を立てた。


「身体的な能力は、この際そんなに重要じゃない。あおいちゃんが魔法少女をやってくれるなら、私は「力」を貴女に貸与、えーと貸してあげる事はできる。でもその力をどう使って、どれだけ引き出せるかは身体より心の問題なんだよ」


「ここ、ろ」


「守りたいという気持ちが強ければ強いほど、その気持ちが純粋で濁りがないほどに「力」は守るために発揮される。だから守るべき対象に強い想いを向けている人ほど、「力」を持つのに相応しいの」


「つつつ強いって、そんな、私は別に」


 別に好きとか、そういうのじゃないし。ただ、もっと仲良くなりたいなって思ってるだけで、一方通行だし、もっと、あおいちゃんのいっぱいいるお友達とか、お父さんとかお母さんとか、あおいちゃんを好きな人はいっぱいいるはずだし、そんな、私が一番とか、そんなわけないし!


「あー、誤魔化してもダメっていうか……いや自覚無いのか? んと、どっちにしても関係ないのよね。私らは「力」に敏感だからさ、誰のどんな力がどこに向かってるのかなんてお見通しなのよ」


「じ、じゃあその、私の力がその、そうだって言うんですか?」


「ん。少なくとも私があの子の周りで確認できる中では間違いなく、かえでちゃんのあおいちゃんを好きな「力」が一番大きくて強い」


 おまえあの子を好きすぎだろ? と突きつけられて顔だけだった熱さがとうとう全身に循環する。恥ずかしい。友達にすらなれてないのに、それなのに一方的に大好きだって、そんなの知られてどうしよう!


「だからあおいちゃんを守るために発現する「力」はかえでちゃんが一番大き――っ」


 ぴく、とお姉さんの耳が動物みたいに動いて、バッと勢いよく振り返った。私もお姉さんの横から顔を出して覗いてみたけど何もおかしなものは見当たらない。けれど気だるげだったお姉さんの雰囲気は一瞬で引き締まり、眠たげだった目が一気に鋭さを増して、無意識なのか髪の毛の先端がうぞうぞとまた絡み合って触手になっている。

 そのままどこか遠くを睨むように目を細めていたお姉さんはちらりと私に横目をやると、


「……見た方が、その気にもなるか」


 小さくつぶやいたかと思ったら私に手を伸ばし、て、ちょっ、待っ――。


「舌噛まないように口閉じてなよ!」


 私を小脇に抱えたまま、天高く跳び上がった。

 強靭な脚力、ではなく幾本もの触手がぐりゅぐりゅとバネのような形を作って、その勢いで空に跳び出したらしかった。凄まじい速度で遠ざかっていく地面に私はさっきまで熱かった顔が一瞬で青ざめていくのを感じる。

 そして私達は自由落下――することなく、お姉さんは「そこっ」と息を吐きながら言うなり空中でぐるりと姿勢を変えた。


「わ、わわ」


 地上を睨むような前傾姿勢になったお姉さんの触手が再びバネを作る。なにもない空の上でバネなんてどうするの、と私が口にする間もなく、なにもないはずの空中で触手バネが深く沈んだ。なにもないはずのそこに、壁があるかのように。そして。


「シッ」


 お姉さんの鋭い息と共に、私達はバネに射出されるようにして進んでいく。もちろん今度は、地面に向かって。

 ぐんぐんと迫ってくるのは住宅街の一角。私の住んでるアパートがあるニュータウン側とは川を挟んで反対側の旧市街奥、たしかあおいちゃんの家もそっちの方に……って。


「あおいちゃっ、げほ!」


 地面が近づいてきたことで私にも目視できた光景に想わず声を出そうとして、正面から容赦なく遅い来る空気に咳き込んだ。

 でも、頑張って目を開ける。目にびゅうびゅう風がぶつかって涙が滲んだけれど、そんなことを気にしている場合じゃない。

 住宅街の細い路地を全力疾走するあおいちゃん。その背中を音もなく追いかけているのはぬめぬめとした赤紫色の細長い「なにか」だ。巨大な触手、いや蛇、ミミズ? ともかくマトモな生物じゃない。少なくともこの世界の常識には当てはめようがない。


「おねっ、さん! はやく!」


 また風を受けて掠れた声で、私は自分が落下中なのも忘れて叫んだ。けれどそれとほぼ同時に、お姉さんは落下の勢いを苦もなく殺してピタリと空中で静止する。


「なんで! なんで止まるの、あおいちゃんが!」


「向こうにもいる」


 お姉さんが睨んだ方向に私も目を向けるがやっぱり何も見えない。


「遠くはいいでしょ! 早くあおいちゃんを」


「いや、向こうのが早いしでかい。あの細長いのは拘束用だ。本命がすぐ追いつく」


「そんなの知らないよ! あおいちゃんを助けなきゃ」


 無我夢中の私は自分が浮いているのも忘れて自分を抱えるお姉さんの腕から脱出を試みる。細い割にびくともしない腕に焦れて、ほとんど思いつきでがぶっと歯を立てた。

 ぐじゅっと、柔らかいものに歯が沈み込む嫌な感触がして慌てて口を離す。慌てて口を拭うと、青色のどろっとした液体が口元を濡らしていた。


「……じゃあ決まりね」


 腕から青い血を流しながらお姉さんはそう呟くと、ぽいっと私を放り投げた。


「ぇ」


「そっちは任せるわ」


 落ちる。

 内臓が浮き上がる浮遊感に吐き気を覚える私の前で、ぐんぐん遠ざかるお姉さんが指をパチンと鳴らした。その指先から青白い光の球が飛び出すと、悲鳴を上げようとした私の口に飛び込む。


「んんっ、ぐ!?」


 咄嗟に飲みこんでしまってから、何をしたのとお姉さんを追いかけようにもとっくにその姿はどこかへ消えていて、私は地面に一直線。ぶつかる、と目を閉じたとき、必死に走っていたあおいちゃんの姿が瞼の裏に浮かんだ。

 そうだ、こんなことしてる場合じゃない。目を閉じてる場合じゃない。落ちてる場合じゃない。諦めてる場合じゃない。死んでる場合じゃない。


 あおいちゃんを、守らなくっちゃ。


 そう思った瞬間、落下のために感じていた風がぴたりとやんだ。目を開ければ、私は地面まであと数メートルの高さに浮いたまま静止している。ついでに、なぜか服装がアニメに出てくる魔法少女みたいな、でも主人公でもなさそうな青色のワンピース型の衣装に変わっている。


 けど、そんなこと気にしてられない。


「これなら、さっきのお姉さんみたいに……」


 空中に壁があるようなイメージで、私は何もない足元を蹴った。


「ひゅぁ!?」


 びゅんっと耳元で風の音がして、私は弾丸の如く前方に跳び出す。は、はやい、はやいきもちわるい! でもダメ、止まっちゃダメ、追いかけなきゃ、追いつかなきゃ!


 やがて前方にぬらぬらと光る赤紫色の尻尾(?)を補足する。細長く蠢くそれはよく見ると単に濡れ光っているだけでなく表面にぶくぶくと不規則な凹凸があって近づくほどに不気味さを増していく。

 でも、そんなの気にしてられない。アレの正体とか、そんなのはどうでもいい。アレが具体的に何をするかもどうだっていい。とにかく大事なのはアレを止めて、あおいちゃんを守ること。


 アレの動きを止める。そう思った瞬間、脳内にイメージが駆け巡る。直感だけで、私はそれを実行した。

 右手を思いっきり伸ばして、手のひらを目一杯広げて、その手に長く鋭く大きな槍を想起する。私の手首から先を飲み込むようにさっきの青白い光が迸り、次の瞬間私の手には長さも穂先も私の身体より大きい、鋭利で飾り気のない槍が握られていた。


「と、ま、れぇ!」


 突くのではなく、叩きつける。私は赤紫色の化物を追い越す直前、両手で握って穂先を地面に向けた槍をその細長い胴体めがけて振り下ろした。

 じゅぶっと柔らかいものを突き抜ける感触は一瞬だけで、すぐにコンクリートの路面を抉る硬い感触に変化する。私は地面に突き立った槍を支点にくるりと宙返りすると、突然身体を貫いた槍から逃れようと暴れる怪物と、その前にへたりこんでしまったあおいちゃんとの間に着地した。


「大丈夫!?」


 尻もちをついた体勢で固まっているあおいちゃんに駆け寄る。背後ではまだ怪物がのたうっていたが、槍を逃れた様子はない。


「ぁ、か、えでちゃ」


 涙と鼻水でぐずぐずの顔をしたあおいちゃんを「助けに来たよ」と抱きしめる。彼女の恐怖をなんとかしてあげたい、と咄嗟にそうしたあとで自分があり得ないくらい大胆なことをしたと気づいて血の気が引いた。


「あ、ごめ、つい」


「……っ」


 慌てて離れようとした私の背中に、ぎゅっとあおいちゃんの腕が回される。離れることも、それ以上深く抱くこともできなくて、私は中途半端にのけぞった姿勢のまま固まってしまった。


「……った」


「え?」


「こわ、かったぁ……」


 ぎゅううう、と痛いくらいに強く、背中に回された腕に力が入り、ふわふわの衣装をくしゃっと握りしめられる。


「……うん、よく頑張った、ね。大丈夫だよ、私が来たから、もう大丈夫」


 一度は離そうとした手を、恐る恐る、そっとあおいちゃんの背に回す。震える背中をさすって、頭を撫でて「大丈夫、大丈夫」と繰り返す。

 そりゃそうだよね、怖いに決まってる。私は現実離れした出来事を追いかけてたけど、あおいちゃんはその非日常に襲われたんだから。同じものを見たって、同じように平気なはずがなかった。


 こんなに震えて、たくさん泣いて、それでも頑張って逃げてたんだ。


 ……守らなきゃ。私が、助けてあげなくちゃ。

 こうして私は、大好きなクラスメイトを守る魔法少女になった。

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